幻のドラゴン | 21


「し、竹刀!落ちてますがッ!」
「放ったんですよ、三分経ったので」

こよみが七海の後方の竹刀を指差し食い下がるのに、七海は涼しい顔でそう言ってのける。

「まぁまぁ鬼怒川さん。七海さんの行動は、稲村さんを助けるためだったのは明白でしょ」
「ぐうう」
「唸らないでください」

吉田がこよみの肩に手を置き苦笑を向ける。
こよみの悔しげな唸り声に七海は冷静に突っ込み、その隣で稲村は眉尻を下げて小さく笑った。

「さて、そんなことより、まとめをしますよ。貴重な稽古の時間がもったいない」

七海はこよみを一瞥したのち、観衆のOBたちに向き直った。
「わたし、今また怒られました?」と、こよみは小声で吉田の顔を見てぼやく。吉田は笑いを堪えていた。


七海は自ら放った竹刀を拾い上げた。剣先に風穴が空いている。

「相手は真剣ですから、普通に使えば穴くらい空きますが……これは呪力によるものです」

七海が言う。
稲村は、自らの得物である中脇差の剣先を見つめた。

「私は戦闘中、竹刀に呪力を篭めて使っていました。竹刀と真剣のどちらが優位かは言うまでもないですが、呪力にはそれだけ、武具を強化する性質があります」

こよみは七海の言葉を聞きながら、竹刀の先端に視線を向けた。
その瞬間は呪力は篭められてはいない。だが、剣先の風穴には歪な形の残穢がこびりついていた。呪力を行使した証だ。

「皆さん、残穢が見えますか」

OBの中の数人が頷く。七海がちらりと、隣に立つ稲村に視線を向ける。稲村はこくりと一つ頷いて見せた。

「あの、なんだか、変わった残穢に見えるんですが」
「良い指摘です。もう少し説明できますか?」

一人のOBが手を挙げて言う。七海に問いを返され、しばし逡巡する。

「濃さ……、形?が二種類あるような……」

「はい。その通りです」と、七海が頷いた。

「稲村さんと、鬼怒川さんの呪力です。稲村さん、刀を」
「はい」
「刀身を覆っている呪力と、刃先の残穢。呪力の性質が違うようですね」

しん、とその場が静まり返る。
その場の全員が、稲村の刀を見ていた。だが、たとえ呪力の流れが見えても、それ以上のことは理解も説明も厳しい様子である。

「鬼怒川さん」
「へえっ」
「気を抜くのは後にしてください。説明をお願いします」
「え、わたしですか……」
「この呪力の主でしょう」
「しょっ、承知しました……!」

急に名前を呼ばれ、気の抜けた返事が飛び出した。
こよみは一斉に向いた視線に緊張しながら、七海の傍に駆け寄る。

「東京校補助監督の鬼怒川さんです」
「え、ええと、ご紹介に与りました……鬼怒川です」

こよみは、ぺこりと小さく頭を傾けると、どぎまぎしながら説明を始めた。

「簡単に言うと、この刀全体をわたしの呪力で覆って、耐性と強度を上げています」
「呪霊の等級で言うと?」
「準二級の攻撃なら、五分は持ちこたえると思います。ただし、稲村さんくらいの剣術や体術のレベルは必要です」

いくら呪具が優秀でも、使い手の腕が十分でないと力は出せない。
こよみは、その点は心配はしていなかった。体術と立ち回りにおいては、七海のお墨付きをもらった稲村なのだから。

「鬼怒川さんの呪力がまだ刀に残っているのはわかるんですが、その、性質の違う残穢って……?」

先のOBが疑問を投げかけた。こよみはそちらに視線を向ける。

「では、逆に質問です。残穢って、そもそもなんでしょう?」
「残穢は、呪術を使った時に残る痕跡……ですよね?」
「そうですね。厳密に言うと、呪術と呪力。つまり、竹刀に残った残穢は、強い呪力や呪術を使った証です」
「鬼怒川さんの呪力ではないことは、見た目でなんとなくわかるんですが」
「素晴らしい。その通りです。わたしの呪力はあくまでも表面コーティング。刀身に宿っているのは、違う人の呪力ってこと」

稲村が、握ったままの刀をじっと見つめた。
切っ先に残る残穢は、竹刀を貫いた残穢と同様のものだ。

「稲村さん。呪力を一点に集中させて、突く。感覚はどうでしたか?」
「……まだ不慣れで、次も同じようにできるかはわかりません。でも、感触はなんとなく、掴んだと思います」

稲村の返答に、こよみは微笑みを向けた。
彼女のその経験が、自分のことのように嬉しいと感じた。

「呪力は濃い場所が“核”です。生き物であれば心臓。呪具であれば力が集約されるポイント。呪力操作というのは、その場所を自分でコントロールすること、……」

こよみはそこで、はっとして言葉を切る。
七海の指示以上の言動をしてしまったかもしれないと、ふと不安を感じた。反射的に、隣に立つ七海の顔を見上げた。
七海はこよみの視線に気付くと、「いいですよ、続けてください」と言葉を返した。
こよみは安心と心細さが綯交ぜになった複雑な心境で、しかし七海に背中を押された現状に、改めて気持ちを奮い立たせた。

「……なので、呪力操作が思い通りにできると、戦略の幅が広がると思います」
「あの、質問いいですか。具体的には、呪力操作が上達すると、どんなことができますか?」
「例えば、防御面。相手の攻撃を呪力で受けることで被害を軽減できます。攻撃面なら、稲村さんがやったように力を一点に集中することで、打撃が強くなります」
「呪力操作って……練習すれば上達しますか?」
「それはさっき、稲村さんが証明してくれましたよね。練習方法は高専でも学ぶはず。実戦もその一つだし、呪力の量や等級を測るための方法もあるので、やってみるのが良いと思います」

「すごいですね、鬼怒川さん。先生になれそう」

七海に歩み寄り隣に立った吉田が、驚きつつ感想を零す。
いつの間にか、自らの呪力操作性に課題を感じていたOBを中心に、こよみとの答弁に熱が入っていた。
先生役のこよみは、語気に力が篭もる度に歩を進め、今や彼らの輪の中に立っている。
その横顔を見つめながら、七海が吉田の言葉に返事をするために口を開いた。

「そうですね。鬼怒川さんは努力家ですから」
「それって、弁が立つという意味で?それとも呪力操作についての話でしょうか」
「まぁ……さっき私が説明しろと指示した時点では、確かに不安げでしたが。補助監督になってからこういう場は多いでしょう。経験値は十分。すぐに彼女自身のペースにもっていけるだろうと思っていました」

七海が“努力家”と評したのはそういう意味かと、吉田は「なるほど」と首肯する。
こよみは人の前に立つのは苦手なのだろうと、吉田は考えていた。だが、前日の会議での発表の場面では理知的な印象と堂々とした振る舞いに舌を巻いたものだ。
事前の準備と、成功に向かう努力が、こよみを奮い立たせている。

「彼女が呪力操作に秀でているのは、才能も大きいですが、それ以上の努力があってこそですから。血肉になっているものには自信が伴います。だから、説明に説得力がある」
「七海さんって、案外多弁ですよね」
「……それはどう受け取るのが正解でしょうか」
「ごめんなさい、茶化しているわけではないですよ。ふふ。鬼怒川さんを信頼していらっしゃるんですね」

七海が目をまるくする。吉田から視線を一度外し、そして息を一つ吐いてから言った。

「ええ、まぁ」
「あら。それ、ご本人にもお伝えしてあげてください」
「……機会に恵まれれば」
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