ありふれたせかいせいふく | 05


雪風神社の周囲の呪霊を一掃した後、五条と夏油は寂れた本殿の中にずかずかと土足で上がり込んでいった。
こよみは冷や冷やしながらその様子を見ていたが、外に一人で残される恐怖よりはマシだと腹を決め、彼らの後に続いた。

「御神体って感じだな、すげー荒れてっけど」

空間の中央に置いてある刀掛けは、漆の塗装が剥げカビで覆われたような状態だった。
しかし、その上に安置された短刀は思いの外、保存状態は良好だ。埃を被ってはいるが。

「いくら呪霊が見えなくても、ここまで来る人はいないようだね」
「賽銭箱より奥は草生え放題って感じだったもんな」

三人は一度、賽銭箱の背面の拝殿にも足を踏み入れたが、そこに短刀はなかった。

「あの……たぶん、この先に本殿があります。徒花は、そっちかも」

恐る恐る口を開いたこよみを振り返ると、五条は無遠慮に表情を歪め、夏油はやれやれと溜め息をついた。
任務なのだから進む以外の選択肢はない。草木を避けながら、三人は獣道を進んできたのだった。
そうして辿り着いた本殿は粗末な四角い立方体の空間で、呪霊の溜まり場になっていたのは先の出来事の通りだ。

「これが徒花……」

五条と夏油の身体の隙間から、こよみは感嘆混じりに呟いた。
呪符でグルグル巻きで、情報がなければ刀だか棒切れだかも判然としない。

「間違いなさそうだな。まぁしかし……丁寧に祀られてる。封印の状態が良い。下級呪霊しかいないわけだ」
「つっても、地震でも起こってこの本殿が崩れて、雨風にでも当たったら終わりだろ」

雪風神社の本殿は、徒花以外に特に目ぼしいものはなさそうだった。この短刀のためだけに誂えた空間。

「さっきの賽銭箱の辺りまでしか、誰も出入りしてねえよな」
「そうだな。幸運が重なって、人死にが起こらない状況が出来上がっていたわけだ」
「でも、今持って帰らねーと絶対やばいことになる」

夏油が頷く。こよみは、何がなんだかわからないまま、二人の行動を注視していた。

「封印する前に、一回中見ておくか。せっかくだし」
「……まぁ、こよみちゃんもいることだし、確かにある意味、せっかくかもな」

こよみが、ごくりと生唾を飲み込んだ。
三人は一度目を合わせた後、それが合図かのように、徒花を手に持っていた五条が、封印の呪符をゆっくりと解いていく。

中から現れたのは、刀の鞘でも刀身でもなく――白い棒状の物体だった。
形状は、確かに刀を模しているように見える。だが黒く光を反射する質感ではなく、ざらついたその表面はまるで、

「……これって、骨……?」

こよみが呟いた。
例えるなら、鳥の骨に似ている。フライドチキンの中身の。
だが、こよみの両側の二人は、そんな緊張感のないものを見るような目で、視線を向けてはいない。
徒花と名付けられたその物体を慎重に両手に載せた五条が、目を僅かに細めてじっと見つめる。

「呪物って、わりと人間の身体に由来してたりするよな。これってさ、」
「ああ。あの伝承を信じるのも馬鹿馬鹿しいが……おそらくこれは、人間の骨だ」
「伝承通りだったら、村人を憎んで刀にされた奴の?」
「まさか。……でも、呪霊も呪詛師も現実にいる。あの伝承も、呪霊の見える男の不幸話そのものだったしな」

二人の話を聞きながら、こよみは血の気が下がっていくのを感じていた。
伝承は伝説で、誰かの作り話だと信じて疑わなかった。説明ができないからだ。土地神の存在も、三つの目をもつ化け物も、それを視認できる人間も、何もかも。

「……徒花伝説の男の人は、嘘つきじゃなかった。呪いが見えるだけの、ただの人だった」

今のこよみは、全てを説明できる。教えてもらったからだ。
こよみはもう、呪霊も伝説も、人の悪意もそこから生まれる痛みも、信じざるを得ない。
見えるからだ。そして、嘘つきと呼ばれたこよみは、呪いの被害者だからだ。

「…………それ、封印したら、呪霊はこの村からいなくなりますか……?」

こよみのそう尋ねる声が、涙に濡れていた。



* * *



翌日、祖母の土産店の外のベンチに、こよみは一人、足をぶらぶらと揺すりながら座っていた。
手を挙げながらこちらへ近づいてくる夏油と、その隣に並ぶ五条に、こよみは嬉しそうに頬を緩めて笑み、その場に立ち上がった。

「おはようございます。宿はどうでしたか?」
「ボタン鍋最高」
「温泉も気持ちよかったよ」
「それはよかったです」

こよみもよく知る、実家の近所の旅館が、彼ら二人の宿泊先だった。
ボタン鍋、温泉、そして威勢の良い女将さん。幼い頃から、こよみの大好きな、この故郷の名物や人たちだ。

「今日、帰っちゃうんですよね」

こよみの笑顔にほんの少しだけ影が差す。五条と夏油は、同時に顔を見合わせた。

「好かれたね、珍しく」
「どう考えても傑にだろ」

愉快そうに話す二人を置いて、こよみは店の中から丸盆を持ち出してきた。
その上には、みたらし団子と湯気の立つ湯呑みが二人分。こよみの後ろから、ちらりと顔を覗かせた祖母がチャーミングに微笑んだ。

「二人とも、昨日はこよみと遊んでくれてありがとう」
「ああ、どうも。こちらこそ、こよみちゃんにはお世話になりました」
「夏油さん、五条さん!これ、おばあちゃんの自慢のみたらし団子です。全然足りないけど、昨日のお礼に」
「んー、ウマッ」
「おい悟、手を付ける前にいただきますくらい言え。頂き物なんだから」

「すみませんね」と五条の分まで謝る夏油。
その隣で、「おばちゃんこれめっちゃうめー」と、祖母に笑顔を向ける五条。
似てはいないが、それぞれに心根の優しい二人を見つめ、こよみは久しぶりに、心から楽しいと感じていた。
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