「なぁ、セイン」
「なんだ」
小さく欠伸をしたデスタは私を見てにやりと笑った。途端に背中に乗って来て重たい。
「俺、お前と契りを交わしたいんだけど」
「…私の花嫁になりたいと?」
「ダメなわけ?」
「ダメも何も、こうして隠れて会っているのに、契りもなにもないだろう」
所謂、密会。
敵対する私達は、その中で愛し合い、こうして満月の夜にのみ下界の森で会うのだ。昔のこの森は暗く、天界からも魔界からも見づらい場所であったが、今は知らない人間達が勝手に森の木を倒し、いろいろな建物を建てたため、夜も照らされ、こうして人間が寝静まる深夜にしか会えない。
デスタは眠いのかうとうととしていて、かくんと頭が私の肩に当たった。その肩を掴み、私の膝の上に誘導する。そうすると自然にデスタの頭は私の胸元に埋められた。
「どうしていきなり」
「…お前は不安じゃねぇのか」
「不安?」
「自由に会えなくて…よ」
「私は会えるだけで満足だ」
そう言うとデスタはむす、と頬を膨らませて私の胸から顔を上げた。私の瞳をじっと見ている。
「何を泣いている?」
「泣いて、ねぇ」
「…不安なのは私だって一緒だ」
「…セイン」
「今だって、君を連れ去ってしまいたい」
ぎゅ、とデスタを抱きしめる。マグマに覆われた魔界に居るのに、何故デスタの香はこんなにも落ち着くんだろうか。ふ、と羽の周りを撫でるように触ると、デスタはびくりと肩を震わせて驚いたように私を見た。
「羽、はよせ」
「眠気が去っただろう」
「……ああ」
もう一度深くデスタを抱きしめる。今度はデスタも抱きしめ返してくれた。
「…正式に契りは交わせないが、私にはこれで十分だな」
「あ?」
デスタの左手を掴み、薬指に静かにキスをした。そのまま強く吸うと、痛ぇ、とデスタが手を払った。デスタの褐色の薬指には赤い跡が残っている。
「なんだこれ?」
「下界の者は契りを交わすとき、左手の薬指に指輪を付けるそうだ」
「……っは、確かに俺達には下界式がお似合いかもなぁ、でもこれじゃあいつか消えちまうだろ?」
「ふ、消えたらまた付けてやるさ」
「……そうかよ」
「そこらの契りより確かな契約だろう?」
「まぁな」
そう言うとデスタは瞳を閉じてまた私の胸元に顔を埋めた。私も眠くなってきたから、デスタの肩に顔をのせて瞳を閉じた。
月明かりの元に君の寝顔を見つつ、何度も何度も薬指を見直す。
左手の薬指にしておきました。小指とも聞きますが。