季節感なし
畜生地球温暖化め。
8月の終わりなのにむしむしと暑い、そんな日に何故かグラタンが食べたくなって、近くのコンビニに買いに行った。
途中、道路工事で公園を通り、遠回りさせられたが私はグラタンが食べたかった。今、今日、この瞬間に。
やっとの思いでコンビニに着き、弁当のコーナーに足を運ぶ。14時半、昼を過ぎたこの時間に、弁当を買う奴は少なかった。
「あ、」
「ん?」
グラタンに手を伸ばしたら、近くに白い肌色が見えた。そいつもグラタンに手を伸ばしているらしく、ぴたり、と手を止めた。
此処が図書館か何かで、このグラタンが本ならば、この手が止まらず重なっていたら、楽しい少女マンガのワンシーンだったのにな、とひそかに考える。
「……グラタン、っすか」
「そうだ」
「俺腹減ったんすよ、今まで夏休みの補習で、へぇへぇ、昼メシ食べてないんすよね」
「だからなんだ、私も食べてない」
高校生と見た。肩掛けのスポーツバックに赤い髪、なんと言ったらいいか、不良、ちんぴら、はたまたヤン…いや、それはない。ちゃらい奴だ、しかも髪が赤だと?暑苦しい。
男は目を細めてグラタンに手を出した。それを見切って先にグラタンを取ってやる。そしてそのままレジに向かってやった。
「あ!待ちやがれ!」
「五月蝿い、私が取ったんだ。私が買って食う」
「いや、頼むよグラタン食いたいんだってオッサン!」
「オ…!?」
ふざけるな、私はまだ二十七だ、三十路でも何でもない。確かに昔から大人びた顔立ちから二十歳に間違えられたが、オッサンと呼ばれたのは初めてだ全く殴りたい。
「どした、オッサン」
「黙れ、まだ二十代だ殴るぞ餓鬼」
「はっ、四捨五入したらどうせ三十路だろ」
「あぁ?」
勘の良い奴だ、いやそこがまた苛立つ。相手にしてられない。私はレジにグラタンを置くと298円、ちょっきりの小銭を置いた。後ろで餓鬼が騒いでいる。嗚呼、五月蝿い。
「一口だけやる、着いてこい」
餓鬼は着いて来た。まさか、そんな。一口の為に見知らぬオッサン(諦めたわけではない)に着いて来る馬鹿がいるか。ああ馬鹿なのかこいつは。
工事で遠回りした公園のベンチに座ると、温めたグラタンの蓋を外し、こいつの為に入れて貰ったスプーンで具をすくう。
「ほら」
「ちぇ、本当に一口かよ」
「餓鬼が、そもそも見知らぬ奴に着いてくる馬鹿が何処にいる」
「此処」
はぁ。
スプーンの上の具材を一瞬ぺろりと舐めたかと思うと、ゆっくりと口に含む。何とも嫌らしい食べ方だ。気持ちが悪い。
「ありがとな、」
「礼などいらん」
「おー、じゃあな」
背を向けた男を見送りながら、ふと膝の上のグラタンを見る。自分以外の誰かが口を付けたスプーンに、一部ぐちゃぐちゃになった具。一瞬にして食う気が失せていた。今にしてみれば、グラタンの甘ったるいミルクの味すら気持ち悪い。
「おい、餓鬼」
「んぁ?」
「食う気が失せた、やる」
「え、マジで?やりぃ」
立ち上がり、グラタンの容器を餓鬼に渡す。私の隣に座るが、直ぐに立つ。餓鬼に背を向けて歩き出す。一緒に炭酸飲料を買っておいて良かった。一口飲むと、餓鬼がこちらを向いた。
「んだよ、行くの」
「ああ」
「は、で?お前なんていうの」
「お前に教える意味もない」
「俺、南雲晴矢な。南の雲に晴れの日の晴れに弓矢の矢、なぁお前は?」
「はぁ」
涼しい野原に風…
涼野風介だ。
涼野と南雲