源田が妖怪。
送り犬というのを知っているだろうか。
犬の妖怪で、夜道に人にくっついて来ては、転んだ人間を襲い食べてしまう、という何とも憎らしい妖怪だ。だが今の現代に、そのような妖怪の名を聞く機会はとても少ない。
ある町に、明王という青年がいた。彼は軽く言えば不良のようで、学校をサボっては夜まで家には帰らず、ふらふらと出歩く悪い者だった。だが彼は人にはない力を持っていたのである。
霊が見える。
そう、彼は霊を見ることができる、霊媒体質の者でした。
学校に居ても霊に話し掛けられ、外に居れば追いかけ回される。彼が見るものは人には見えず、周りの人々は彼を「可笑しい」というようになりました。
そうして彼が小学生のころ、事件は起きました。彼についていた霊が、クラスメイトを襲ったのです。それは彼を可笑しいと言った子でした。
彼は泣きました。
そして、もう二度とこんなことを起こさないために、彼は人から離れることにしたのです。
そんな彼の行為も高校に入ると、不良と間違われる嫌な役割になってしまいました。
そして今日も彼は夜道をふらふらと歩くのです。
「……ん?」
夜道をいつものように歩いていたら、道の端のゴミ捨て場から犬の鳴き声がした。
そろりとゴミ捨て場を覗くと、やはりというか、犬が横たわっていた、しかもかなり大きく、丸まっている。こういうのは可愛らしい子犬ではないのか、と自分の中でツッコミをいれつつ、よくよく犬を見てみると、結構がりがりだった。
「腹が減ってんのか…マヌケだな」
明王はそう言うと自分の鞄をあさり、先程買ったパンをちぎって犬に食べさせた。
あっという間にパンは犬の腹の中に消え、空になった袋だけが残る。だが犬はその袋をぺろぺろと舐めり、まだパンを探していた。どうやら目が悪いらしい、片目に二本の引っ掻き傷がある。
「腹減ってんだろーが、もうねぇんだよ!」
「わん!」
初めて犬が鳴いた。大きく凛々しい声だ。きっと大きくなりすぎた犬を捨てたんだろう。最近の飼い主も適当だな。死んだらどうせ自分のところに来てしまうのだ、どうせならもう少し生きてもらおう。
パンを探す犬に背を向け、じゃあな、と一言。そのまま歩き出す。そうすると後ろから自分に着いてくる足音がする。間違いない、あの犬だ。
明王は振り向きもせずにそう確信し、走り出した。あれだけ弱っているのだ、これくらいには着いて来れないはず、だが犬は予想も出来ないスピードで明王を追って来たのだ。
「な!?」
「わんわん!」
「つ、着いてくんじゃ…ねぇっ!」
明王は急に恐ろしくなり、持っていた鞄を振り回した。それに反応した犬が二、三歩後退ったところを見計らい、一気にその場を走り去ったのだ。
(昨日は酷い目にあった…)
明王は結局あの夜眠れず、学校に登校したのは昼からだった。
(もう面倒だな…帰るかな)
そう思い扉を開けると、何やらクラスが騒がしかった。何だろうか、と思いつつ明王は自分の席に向かうべく教室に入る。そうすると、誰かに肩を叩かれた。自分に関わる奴なんてしつこい教師しかいない、面倒臭そうに明王が顔をあげると、そこには片目に大きな引っ掻き傷を持った、茶髪の青年が立っていた。
「誰だ、お前」
「あきお」
「ああ?」
「きのうのおとしもの」
そう言うと茶髪の青年は、懐から財布を取り出した。明王はその財布に見覚えがあった。
「俺の財布…!」
「きのうおとした、あきおのだろう?」
口調が少し可笑しい青年は、明王の手の上に財布をのせる。
明王はよくよく青年を見た。自分より高い背、なのに制服はサイズが合っておらず、手首が丸見えだった。ズボンの丈も合っていない。それに、この顔のペイントはなんだろうか?
不思議な雰囲気だが、霊ではない。明王は何となくそう思った。
「お前…一体」
「幸次郎」
「あ?」
「おまえじゃなくて、幸次郎」
「幸次郎?見ない顔だな」
「きのうみた」
「昨日?」
「なぁ、あきお、送り犬ってしってるか?」
送り犬?
聞いたことがないが犬なんだろうか?犬、という単語はあまり今聞きたくはない。だって昨日の出来事が甦るようで、
そこまで考えた明王はまさか、と恐ろしい答えにたどり着いた。
「幸次郎、お前昨日の犬か?」
「わん!」
ああ、これは聞いた。
昨日聞いた、大きく凛々しい声。間違いない、この幸次郎という青年。昨日の、
「嘘だろ…」
犬だ。
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