失いたくない、失いたくないんだ。いなくならないでくれ、消えないでくれ。私の側に居てくれないか。



真っ暗ででこぼことした岩の道をとにかく走った。土地的にはデスタの方が有利だが、体力的には私が有利のはず。無駄に響くデスタの足音を追い掛けて、私は前だけを見て走った。


「デスタ!!」


えらく広い場所に出た。そこは予想通り大きな崖で、その崖の直ぐ側にデスタはふらふらと立っていた。


「デスタ、何をしている…」

声が震える。

「うるせぇ…よ」

体が震える。

「もう疲れたんだ、生まれてすぐに魔界が絶望のど真ん中で、最後の魔王復活の望みを託した千年祭も失敗した…」

「やめろ、デスタ…っ!お前が犠牲になることなんてない!」

「じゃあ、俺は!」

背を向けて話していたデスタは、勢いよくこちらを向いた。

その顔は今までとは比べものにならないほど悲しそうで、涙をぼろぼろと零していた。私は目が離せなくなった。今デスタから目を離したら消えてしまいそうで、怖かった。


「デスタ、」

「じゃあ俺は誰に頼ればいい!?」

「!?」

「そうさ、今まで俺は民を守る為に自分を犠牲にしてきた、それは民が俺を頼ったからだ、縋ったからだ!俺があいつ等を守らなきゃいけなかった!じゃあ俺は!?俺は誰に頼ればいいんだよ!?」


私に訴えかけるような叫びだった。ああそうか、やっと分かった、あの意味が、お前の言葉の本当の意味が。


『助けてくれ』


お前は、頼りたかったんだな。縋りたかったんだな、怖かったんだ、恐ろしかったんだ、だから助けてほしかったんだ。誰に?それは。


「だったらもう…魔王に頼るしかねぇだろうがよ…選ばれた者じゃねぇけど、俺だって千年生きた悪魔だ、その命捧げれば魔王だって少しは復活が速まるだろ…?」

「待て、デスタ!」

「わっかんねぇかな、セイン。もう無理なんだよ俺、弱音をお前に吐くのは気にくわねぇけど、もう誰でもよかったんだ」


誰でもいい、
俺を、


「助けてほしかったんだよォ…」


デスタの体がふわりと宙に浮いた。ぽたぽたと涙が浮き、地面に染み込む。崖から落ちる、彼は魔王に頼った。そんなこと、そんな事実。ああ私は何をしにこの場所にいる?私は何をする?決まっているさ、私は彼を。


「デスタ!」


助けにきたんだ。



私は力無く落ちていくデスタを追い掛け崖に飛び込んだ。鳥が急降下するように、羽根を縮めて落ちる速度を速くする。

落ちる力に身を任せたデスタの手を握るのには時間がかからなかった。そのまま手を引き、抱きしめるように私の腕でデスタを包み込むと、羽根を大きく広げる。

その行為に驚いたデスタは涙が残る瞳をぱちぱちと瞬かせ、私を離そうと弱々しい腕で私の肩を押した。


「っ…セイン!何やってんだお前、お前ら使徒の羽根で二人持つなんて無理だ!離せ…っ!」

「気に食わない!」

「は…?」

「何故お前は魔王に頼った、私がいるだろう!?」

「おい、お前何言って…」


ああ頭上の羽根が限界だとびきびき音を立てるのが分かる、だがそんなこと二の次だ。私はデスタを強く抱きしめ直すと、じっとデスタの瞳を見た。


「何故魔王を頼る!?」

「だっ…て、俺は…」

「魔界の民だとか、使徒だとかは関係ない、私はお前を守りたい!」

「え…」


そうだ、私は。


「魔王ではなく私を頼れ!私が世界中からお前を守ってやるから!」

「セイ…ン?」


最初からお前を、デスタを守りたいだけだったんだ。


「デスタ、私は…!」


そう言いかけたときに、ふわりと体が浮いたことに気付く。

「え」

「あ…」

「セイン!貴方なにやってるの!?」

「おいデスタ、大丈夫か!?」


そこには自分達を支える手があった。白の羽根と黒の羽根がふわりと羽ばたく。

「ギュエール…」

「ベリアル…」


「もう無茶しないでちょうだい、あの子が居なかったら死んでたわよ!」

「え…?」


ふと上を見ると、崖から顔を出している少女が見えた。

「ルオーナ!」

少女はにっこりと笑うと小さく手を振った。

それからベリアルと名乗る魔界の者にデスタは支えられ、崖の上に降り立ったのだ。

「おい、大丈夫かよデスタ」

「ああ…」

「おい、お前等!デスタを崖から突き落とすたぁどうゆうことだよ!」

「なっ、そちらこそセインを突き落としたんでしょう!?」

「ンだとぉ!?」


「デスタ!」


二人が言い争いをしている間にデスタはふらふらと倒れた。私はそれを支えると、またデスタを抱きしめる。(いつの間にか、この体制が落ち着くようになっている、何故か)


「セイン…」

「デスタ、お前は無茶苦茶だ、なんてことを…」

「セイン、」

「……なんだ?」

「俺、は…お前…を」

「……ああ、良いんだ」

「!」

「頼って、良いんだデスタ…私がお前を守りたいから」

「っ…ばか、やろ…なんでだよ…!なんでお前なんかに頼らなきゃいけねぇんだ…!お前、なんで来たんだよ馬鹿がァ…!」


「何故?」

そんなの決まっている。

「泣いているお前を、救いたかったから」

「…っ!」


デスタはぽろぽろと泣き出すと、私に抱き着いてきた。その頭を優しく撫で、抱きしめ返してやると声を出して泣き出した。


そんなデスタの声に気付いたギュエールとベリアルが駆け寄って来て、私とデスタを引き離そうとしたが私はデスタを離さなかった。勿論デスタ自身も。

そんな事が数時間続いた。





















あれから数日、私は毎日と言って良いほどデスタと会っていた。天界からの援助があり、魔界も少しずつ回復していっている。勿論私たちを邪険に扱う者もいるが。


「なぁセイン」

「なんだ?」

「あのよ、崖から落ちてるとき何か言いかけてたよな、あれなんて言おうとしたんだ?」

「え?」


「デスタ、私は…!」




「あ、あれは…そのあれだ」

「は?」

「だ、だから私は、お前が…!」

「ンだよ?」

「お前が好きということだ!」


「……はぁああ!?」




ああ、もう。
溜息をついてしまうような、そんな馬鹿げた日常だけど、君が隣に居て、その隣に私が居る。



なんて幸せなんだろう。





始まりはたった一言。







『助けてくれ』

君の声が聞こえたから





END




後書き




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