かつん、
靴の音が自棄に響く気がした。


「ここよ、使徒さん」

「ありがとう、そうだ君の名前は?」

「私、ルオーナ」

「ルオーナだな、ありがとう私はセインという」

「セインさん!デスタさんを必ず元気にしてね!」

「…ああ」


少女に案内された場所は私たち使徒が入り込んだ場所とは違った。(実際、前に入り込んだ場所は埋められていた)掘られた入口から入ると直ぐに下に続く階段、あとは暗闇。調度一人分の通路の壁に手をつき、転ばないように歩く。


(わかる、この先にお前はいる)


ピリピリと私の肌を刺激するのはお前の気配。デスタはこの先にいる。その考えはほぼ確信に近かった。


かつん、かつん
靴の音が自棄に響く気がした。



しばらく階段を下りていると、先にうっすらと光が見えた。階段の終わりが近いのだ。きっとそう、私の足は無意識に速まり、最後の一段を蹴り飛ばすように下りた。


「!」


いた。居た。
魔王の眠る穴に寄り添うかのように座る小さな影。見馴れた赤茶の長い髪、すらりとした小柄な体型、褐色の肌、ああデスタだ。私が探したデスタがいる。



「っ…う」


「!」


声が聞こえた。
それはいつも彼が自信過剰に吐き出す声ではなく、あまりにも弱々しいかすれた小さな声。私はこの声を知っている、あの時の声だ、魔王に飲み込まれた時に見た、お前の泣く声だ。


「デスタ…!」

「っ…!?」


私は発した声は部屋全体に広がった。驚いたデスタはびくりと肩を震わせ、勢いなくこちらを見た。その目に映る私はなんて情けないんだ。


「セイン…お前なんで」

「お前が泣いている気がしたんだ」

「っ…余計なお世話だ!帰りやがれ!」

「帰らない、お前は泣いているじゃないか」

「泣いて、ねぇ!」

「ではその頬を伝うものはなんだ!それは涙なんだろう、お前が苦しんできた証だろう、デスタ!」

「黙れ…っ!!」


デスタは弱々しく体を縮こませ、耳を手で覆う。その間も目からはぽろぽろと涙が止まらなかった。

いつもの彼なら、一発殴りにくるのに、真っ先に私に向かってくるのに、今の彼はただかたかたと震えるだけだった。

そこから分かる、彼はもう限界なのだと。自分の命を保つのでふらふらなのだと。


民の為に自分を犠牲にし、自分は二の次、誰もが諦めたことをこんな小さな彼が全てを引き受けた。

彼は私と歳も変わらないというのに。


「デスタ、もう辞めろ」

「うるさい、うるさい」

「お前が犠牲になって出来る幸せなんて、誰も望んでいない」

「黙れよ…」

「お前はよく頑張って…」


「黙れよ!魔界をこうしたのはセイン…っ、お前たちだろうが!!」

「……っ」

「何が分かるってんだ!俺達の苦しみがお前たち使徒に何が分かるってんだァ!」


デスタはげほげほと咳込みながらも叫び続けた。栄養も足りてない細い体で叫ぶなんて、喉が潰れかけている。


「お前たちはいいさ、魔王を封印する、使命を果たしたんだからなァ…!だけどな、俺達は逆なんだよ、お前たちの使命のせいで全て失ったんだ、何もかも!」

「デスタ…」


「俺が千年間…どんな思いで…魔界を支えてたと思ってたんだよ…お前が考えてるような生温いもんじゃねぇんだぞ!民は自害していく、餓死していく、俺の家族だって、友だって、全てお前たちが奪ったんだ!」


「っ…それは」


「そんなお前が、俺をどうするってんだァア!」



ついにデスタは喋れなくなった。聞こえてくるのは咳込む音、それだけだ。腕で涙をふき、小さくなって震えるデスタに私は何も言うことが出来なかった。

いや、言えなかったのだ。

家族、と言っていた。では、デスタの家族はもういないのか、苦しそうに叫んでいたデスタは一番辛そうに家族と叫んだのだ。

私たちがしたことは何だったんだ?世界を救うための行いではなかったのか?頭が沸騰したように熱くなって訳が分からなくなり始めていた。だから気付かなかったんだ、咳込む音が止んでいたことなんて。



かつん、かつん、かつん
ああ本当にここは足音がよく響くな。


「…デスタ!?」



気付いた時には目の前にデスタはおらず、急いで探すと部屋の奥へ走り込むデスタが見えた。魔王の間はよく知らない、だが確かあちらは魔王の眠る穴にも通じていた崖ではなかったか?


ああ私はなんてことを!


急いでという意識はない、私はただ全速力でデスタを追い掛けた。







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