ピピー!
某宗教男子校のグランドは、甲高い笛の音と、聞き慣れたBGM、そして歓声で満ち溢れていた。
今日は体育祭である。
――これから、高二短距離走を始めます、関係ある生徒は――
「そ、そんなことがあったの…?」
「ああ」
「ぼっ僕聞いてないよ風介くん!」
「すまない、あまりに急なことで連絡が出来なかったんだ」
わらわらと集合地点へ向かう群れの中に、見慣れた灰色と銀色の頭が見える。士郎と風介だ。
風介は先日あったことを士郎に話しながら歩いている。それに驚いた士郎は一旦足を止めたが、すぐに風介を追い掛け走り出した。
「で!?そのあとどうなったの!?」
「え。ああ、そうだな」
「ひっく…」
「なんで照美が泣くんだよ…」
「だってっ…晴矢の頬に傷が二つも…!」
「なんかカッケーじゃねぇか、気にすんなよ」
「でもぉ―…」
ぐずぐずと泣きながら晴矢の傷をハンカチで撫でる照美に、落ち着こうよ、とヒロトが声をかけた。
「晴矢、俺、一回照美を外に連れてくね」
「なっ、に言ってるの基山くん!」
「泣かれてちゃ、晴矢が落ち着けないでしょ、風介くん、晴矢頼んだよ」
「!」
ちらりと風介を見たヒロトは、そのまま照美を倉庫の外へ連れていった。晴矢はぽかんと口を開けたまま、風介を見ようとしない。
「涼野、悪い」
「え」
「迷惑かけたよな…」
はははと晴矢の笑い声が響く。いたたまれない気持ちになった。下を向いたまま動かない晴矢の隣に風介は静かに座り込む。
「その、涼野って止めなよ」
「え」
「名前で呼びなよ、ってこと。別にもう怒ってない、逆に感謝してるくらいなんだ…晴矢が居たから、私はこうやって立ち直れた」
「ふ…す」
「君が、私の欲した答えをくれたから、私はこうして居られる、ありがとう晴矢」
そう言った瞬間に勢い良く晴矢が風介に飛び付いた。あまりの勢いに風介は倒れそうになったが、足に力を入れてなんとか持ちこたえる。
「風介、平気か?」
「平気って?」
「もう、過去、辛くないか?」
「…前よりか」
「…俺、風介を救ってやれた?」
「……勿論」
涙が溜まった瞳を見開き、晴矢は風介の胸に顔を埋めた。服を通して温かい何かが肌に伝わった。小刻みに震える晴矢の頭を撫でると、一掃強く抱きしめられた。
「好きだ!風介…っ!」
「!」
「初めて見たときから、ずっと!」
「お前が、好きだった!」
倉庫中に響く晴矢の声。
風介は意外と落ち着いていた。だから声も震えず、目の前の晴矢の肩を押し、目線を合わせてこう言った。
「ごめん」
「っ…」
「ごめん、晴矢、私はね三次元完全拒否、リア充は爆発すればいいと思っているんだ」
「……だよな」
「……」
風介から離れた晴矢が、弱々しく立ち上がる。でもね、聞いて、晴矢。
「晴矢は、ずるい」
「え…?」
「今、その言葉を言うのは、ずるい。私の気持ち、分かっているくせに」
「気持ち…?」
はっとした晴矢は、数秒間風介の瞳を黙って見つめた。そして見るみる内に動揺したようにかたかたと震え出す。怯えではない、泣いているから、震えているのだ。
「照美の、奴、話したんだな…俺の、能力」
「ああ」
「なぁ、風介…本当か?」
「何が?」
「今、風介が思ってることは…」
本当か?
ぼたぼたと零れる涙が床を変色させる。晴矢は風介を見つめたまま動かない。
「本当だよ」
「……っ、ずるいのは…風介じゃねぇか!」
「は?」
「だって風介っ…俺の告白断った」
「うん」
「これじゃ…!言ってることと思ってることが反対だ!」
そう言うと、また晴矢は風介に抱き着いた。今度は風介は引き離さない。離すまいと、強く腕に力を入れて、自分の胸の中に晴矢を閉じ込める。
「私は、まだ晴矢と出会って、あまりにも短すぎる。だから、私は君をもっと知りたい、知って、君をちゃんと想える様になってから、言いたいんだ、その告白の答えを」
「風介…」
「だから、待ってて、晴矢」
私が、答えを出せるまで
君を理解して、この想いを告げるのに相応しい男になるまで
「私を想い続けていて」
「…っあたり…まえだろ…ぶぁーか!」
晴矢は顔を上げて私の瞳を見た。了承の証。やっと見付けた。
「風介、お願い、もう一度、思って」
「何を」
「さっきの言葉、もう一度感じたいから、声は我慢するけど、もう一度聞きたいんだ」
「…我慢弱いんだから」
風介はこつり、と晴矢の額に自分の額をくっつけた。
きみが好き