昼時の池袋はかなり混む。三歩歩けば誰かと肩がぶつかるのは当たり前。
お昼はどこがいい、と聞いたら前に行った喫茶店が良いと言われた。図書館は駅に近かったので、リクエストとしては少し遠いが、私も特に行きたい場所がなかったのでオーケーを出した。
「南雲、はぐれないでね」
「お、おう…」
「大丈夫?」
「へいき…」
そう言いながらも南雲は誰かと肩がぶつかるたびにふらついて倒れそうになっていた。ああ見ていられない。
「南雲、手を出して」
「あ?」
「離れられたら困るし、ふらふらじゃないか」
「だ、大丈夫だ!ほら行こうぜ!」
「……そう」
前の南雲ならば喜んで手を握ってくれたんだろうから、今の行為は明らかに遠慮。拒絶ではないのは丸解り。
でも差し出した手をすり抜けて、無理矢理体を捻って前に進む南雲の顔には苦笑いと焦りしか浮かんでいなかった。
「…ふふ」
「な、なんだよ」
「遠慮なんてしなくてもいいのに」
「遠慮なんて…」
「離れられたら困るだけなんだしさ」
「そんなの分かってるし…!」
あ、照れてる。
「あ!また笑ったな、風介!」
「あ」
「あ…ご、ごめん涼野」
「……おいで」
人込みの中でこの会話は辛い。とにかく南雲を連れて道の隅に移る。南雲は申し訳なさそうに下を向いていた。
「…ごめん」
「いや、…私もさっきやったし…大丈夫さ」
「でも、涼」
「あれ、お前風介じゃね?」
「え」
道端に出たのが間違いだった。そうだよね、道の端なんて、目立つんだもの、それに此処は休日の池袋だもの。人なんて、沢山いる。
「忘れたのかよ、ほら、中学の時に同じクラスだった!」
「…あ」
一気にトラウマが呼び覚まされたようだった。目の前にいるのは昔のクラスメイトと名乗ったトラウマの化け物。全身から冷汗があふれるみたいな感覚になって、目の前にいた南雲ですら心配そうな目で私を見ている。
「あれ、お前そいつなに?知り合い?」
ああ、過去っていうものは、ずっと私を苦しめる。
「ち、違う、知り合いなんかじゃない!」
「え、違うの?」
「そうだ、偶然会っただけで」
「…涼野」
「あ…」
私はその時、目の前に南雲がいることを忘れていた。真っ白だった頭がさーっと元に戻っていく。
そこにはて酷く悲しんだ顔をして戸惑ったように私を見る南雲がいた。
違う、私と関われば皆狙われてしまうんだ、私の正体が高校でバレた今、狙われてしまうのは私の友達。
でも、由紀と同じ道を歩んでしまうのは、
きっと君。
「そうなんだよ!こいつの横を通り過ぎたら、偶然このストラップを見付けてさ!」
そんな時、私の横からひょこりと顔を出した南雲はの顔は笑っていた。そして口から嘘を連ねると、私の鞄についたゲームのキャラのストラップを指差した。
「その瞬間さ、お!と思ってよぉ!なに、お前たちこいつの友達?」
「いや、元クラスメイト」
「ふぅん、そうなのか!じゃ、なんか悪かったな引き止めて、俺行くわ!」
「あ…!」
「じゃあな!」
あえて他人のふりをした南雲は誰が見ても分かるような作り笑いで私に手を振った。そして、そのまま後ろを向くと小走りで走っていく。
遠ざかって言ってしまう南雲の名前を、何度も心の中で叫び、呼び止められない自分に酷く後悔した。
過去は私を離さない