「涼野!」
待ち合わせ場所には10分前に行くのが私の癖だ。それはチキンであるがために失敗を恐れるから。入学式や入社式など自分が知らない世界に飛び込む新人が無駄に早く現場に行きたがるのと同じだ。
だが待ち合わせ時間の10分前なのに南雲は先にいた。春になったばかりの5月、南雲の鼻は赤くなっていた。
「花粉症かい?」
「え、いや…今日ちょっと冷えるからさ」
(ああ成る程)
この寒さで鼻が赤くなるなんて、何時間前から待っていたんだか。
「ありがとうな涼野、来てくれて」
「すっきりと終わりたいだけさ…で、今日は何処に行くの?」
「涼野の好きなところでいいぜ、涼野に合わせる」
南雲は小さく笑うと私の目をじっと見詰めた。時間を稼ぐのなら図書館だし、手っ取り早く散歩して終わるのも楽だしいいが、南雲が今日、自分の為に色々な感情を捨てると言っているのだから、手荒く扱うのもどうかと考える。
「じゃあ、図書館に行きたいな」
「わかった!えっとこっから近い図書館は…」
そう言いながら南雲は携帯を開いた。その携帯画面には既に図書館の検索結果が映されていて、私は少し驚いたりした。
図書館に着くなり南雲は一冊の本をもって来た。
涼野が読みたそうな本
と言って渡して来た本は、確かに私好みで、有り難く受け取ることにした。しかしその本はやけに分厚く、四百頁くらいあり、流石の私でもこれには読むのに時間がかかる。
「…ありがとう、でも読むのに時間がかかるよ」
「え…!」
「え?」
「あ、あー…俺が読みたい本もそれくらいあってさ!」
ほら、と南雲が出したのは古い化学の本。“超能力は解明されるのか”と書かれている、至ってマイナーな本だった。
「超能力?」
「えーっと…興味あるんだ…ははは」
「ふぅん…」
そう言って、私の席に一つ間を空けて座った南雲はいきなり本の真ん中あたりから読み始めた。
(読み慣れた本なのか…)
でも私はそんなことより、一つ開けられた隣がやけに気になった。南雲はやはり私と距離を置いている。
南雲なりに気を使っているんだろうが、逆に気まずくなる。それに南雲の目線を追ってみれば、南雲は文字を読んでいない。あの目の流し方は、何回も読んで、中身を覚えているときに使うものだ(実際私も読み飽きた漫画などにはそうなる)
南雲は確かに、私の時間潰しに付き合おうとしていた。
なんだかそれが急に申し訳なく思えて、私もすらりと文字を受け流した。
気の使い合い(愛)