私の目の前に広がるのは奴の血だったはずだ、苦痛に歪んだ顔だったはずだ、だが私の拳は何にも当たることなく、宙に浮いている、否、掴まれていて動かない。

目の前に広がるのは金色。


「僕の大切な南雲に何してるのかなぁ?」

「…っ」

「君が人喰い鹿だね、うん、確かに強い、でもここ一年何も稽古をしていないね、この一年は大事だから」


掴まれていている。
地面へ座り込む南雲を庇うかのように、横から伸びてきた手は力強く私の拳を握って離さない。

金髪だ、長くのびた金髪が私の腕にはらりと落ちる。


「誰だ、お前は」

「亜風炉照美、南雲の親友さ…君が風介くん」

「……」


にこりと笑って私の手を離した亜風炉は、南雲の前に立ち、私の視界から南雲を消す。

「風介くん、君、何したか解ってる?」

「…さぁね」

「君の力は確かに強いよ、でも、それを誰かを傷付けるために使ったら、ただの暴力だ」

「………」


ぎらりと私を睨み付ける眼差しは、女のような顔立ちに似合わずえぐるように私に突き刺さる。

亜風炉照美、亜風炉照美
確か私が敗った道場にいたかな、金髪で女みたいな顔をした少年が、印象強かったから覚えてる。まさかこんなところであえるなんて。


「照美、君ったら速いんだから」

「基山くん!」

「晴矢、大丈夫?怖かったね、もう平気だよ」


途中から来た赤髪の男が南雲をあやすように抱きしめるのが見えた。その瞬間、安心したのか泣き出した南雲が赤髪にしがみつく。


(なんだこれは)


暴力を振るった(未遂)私と、それを助けた金髪、抱きしめる赤髪。


“なんてことをしてくれたの!”

“二度と由紀に近付かないで!”


目眩がする。押し込めろ、押し込めろ、こんな記憶は、奥にしまってしまえ。


「ふう…すけ」

「!」

「大丈夫だ…、俺は平気だから」


南雲は泣きながら私にそう言った。なんだ、これは。何が大丈夫なんだ、なんで今その言葉を発するんだ、その言葉は、あの時に、私が欲した言葉じゃないか。


「風介、くん」

「なんだ…」

「悪いけど、僕たちはこれで失礼するよ…晴矢と照美がごめんね」

「……」


もうなんでもいい、頼むから消えてくれ。私が顔を反らしたのと同時に、赤髪は南雲と一緒に立ち上がった。亜風炉に“晴矢をよろしく”と伝え、先に行かせると、ふと私の方を向いた。


「風介くん、最後に一つ言わせてよ」

「…」

「晴矢が君について調べたのは、自宅の電話番号とファックスだけだよ」

「…なに?」


「君が人喰い鹿なのも、君の過去も、晴矢は最初から知っていたんだよ」





だって彼は僕らの神様




 

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