「悪いな橋本先輩」
「あ?」
「その、馬鹿な兄を離してもらおうか?」
三発目の蹴りが入ったところだった。聞き慣れた親友の声がしたのは。酷い頭痛を我慢して、頭をあげる。そこにいたのは、よく解らない制服(ああ、そうだ僕の親友が前に見ていたアニメの制服だ)を着た風介くんの姿だった。
「風、介くん?」
「誰だ、お前?ヒーロー気取ってんじゃねぇよ」
「私は凍てつく闇の使者ガゼル。悪事を働く貴様には私直々に凍てつく闇の冷たさを教えてあげるよ」
「……はぁ?」
(風介くん、ガゼルって誰?というか凄い中二…)
「…っ、風介くんダメだよ!アニメみたいには簡単じゃないんだ…!」
「安心しろ士郎」
「え」
「私は格ゲー日本一の実力だ」
「だからアニメとかゲームじゃ…!」
「うるせぇんだよお前等!」
痺れを切らした橋本が風介くんへ走り込み、拳を向ける。そんな時でも風介くんは髪を弄り、溜息を一つ。見てられない、そう思った時、僕の目の前で有り得ないことが起きた。
「え…!?」
橋本が宙を舞い、跳ね返された。
「がはっ…な、なに!?てめぇ、今何しやがったぁあ!」
「…私はね、格ゲー日本一になって、色々なゲームで日本一になったんだよ」
橋本の問い掛けに答えるように、風介くんは口を開いてぺらぺらと語り出す。
「おい!てめぇ何言って」
「でも、そんな時期にほんの一時期オタク狩りが再熱したんだ、私はその時名の知れたオタクだったし、酷く恐ろしくなってね、なんせ私は滅法保体が苦手だったんだ、だから親に頼み込んで、ボクシング、柔道、剣道も、護身に使える技を身につけようと、色んなものを習ったんだよ。
でもね、ダメなんだ。ゲームで日本一になった時のあの快感が忘れられなくてね、どうしても一番になりたかったんだ、だから私はね、習いに行った道場で一番になろうと努力したんだ」
そうしたらね
「私、どの道場の先生にも“化け物、二度と来るな”って言われちゃったんだよね」
ねぇ、意味わかる?
一瞬にして風介くんの回りの空気が変わった。ふざけたオタクの甘ったるい空気から、ぴりぴりとした刃物のような空気に。
「何、言ってんだお前…!んな細い体ではったり言ってんじゃねぇよ!」
「はったり?君、どこかの道場とか行ってた?なら知ってるかな」
「あ、ああ!?」
「人喰い鹿、って異名持ってるんだけど、私」
「い…っ!?」
(あ…)
橋本の顔に明らかに焦りが見えた。それだけじゃない、かたかたと震えている、冷汗までかいている。あれ?僕の目の前にいる親友はオタクじゃなかったかな?
(これじゃあまるで、鹿に睨まれた熊)
「おいでよ、喰ってやる」