「せーいち先輩っ」


今日は部活がなくて後は帰るだけ。
何しようか、そんな事を考えながら廊下を歩いてる時、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。

振り向くと俺の1つ下の後輩兼彼女がいた。
ああ、そっか今日は一緒に帰る約束をしていたんだったっけ?


「もうっ! 置いてかないで下さいよ」

「ごめんごめん」


俺の隣に並びながらも、少し不機嫌になってしまった彼女に俺は苦笑する。
まあ、俺が悪いんだけど。


「後でアイス奢ってあげるから」

「もうっ! 今回だけですよ!!」

「……ふふっ」


なんて単純なんだろうか。
あまりの切り換えの早さに笑いが抑えきれずに小さく笑いが溢れ出た。
明るく俺の隣で笑う彼女は楽しそうに俺に今日の出来事を話だして、俺はそれに相槌を打ちながら、フと彼女の昔の姿を思い出した。




初めて彼女と出逢ったのはまだ俺がテニス部部長になったばかりだった。
部活が終わって帰ろうとした時、俺は教室に忘れ物をしたのに気が付いた。

部員には先に帰って良いと言って教室に向かうと途中、近くの教室から女の子の泣き声が聞こえた。
こんなもう暗くなる時間に……?

不思議に思って、泣き声が聞こえてくる教室のドアを開けるとそこには──


「だ、れ……?」

「………っ」


電気をつけていない、夕陽しか光がない教室で床にペタンと座り込んで泣いていた少女に俺は、思わず息を呑んだ。
その姿は不謹慎だけど、何故かとても綺麗に見えたんだ。

俺はボー…と放心していたけど彼女の戸惑いが混じった声が聞こえて思考を元に戻す。

そして俺は彼女を怖がらないように優しく微笑みながら声をかけた。


「何、してるんだい?」

「あ、えと…」

「質問が悪かったね。なんで泣いているんだい?」


何してる、なんて見れば泣いているなんて分かってたのに。俺にしては迂濶だね。と、ゆっくり彼女に近付きながら思う。
彼女は近付いてくる俺に一瞬ビクッと震えるけどそれっきりで、おずおずと口を開く。


「皆に、色んな、こと言われ、て……」

「うん」

「今まで、は平気なフリしてたけど、もう嫌で」

「うん。──辛かったね」


彼女の言葉に「いじめ」の単語が一瞬頭をよぎった。
俺はしゃがんで彼女の目線とあわせる。
瞳をあわせた彼女の瞳はどこまでも澄んでいて、気を許したら吸い込まれそうだった。

なんとなく、俺は彼女が気になった。いや、気に入った、のかな。


「ねえ」

「はい……?」

「俺は幸村精市。2年」

「幸村先輩、ですね」


一応知ってると思って自己紹介したけど、知らなかったらしい。ついでに後輩。
俺はますます彼女が気に入った。


「ねえ、君の名前は?」

「私…? わ、たしは──」





「せーいち先輩っ! 聞いてます?」

「え? あ、ごめん」

「もうっ! 考え事ですかー?」

「うん。少し昔のこと」


彼女と出逢ったことを思い出していたら、いつの間にか彼女が俺に話しかけていたらしい。
不貞腐れる彼女にまた、ごめん。と謝りながら頭を撫でると機嫌が良くなった彼女ニッコリと明るく笑う。

あの時から、色々変わった。
学年や俺達の関係、彼女に対する「いじめ」がなくなったり。

──そして。
彼女の元の明るい性格と、彼女の笑顔。
それはあの時の涙と瞳より綺麗で愛しい、なんて俺らしくはないけど。



「せーいち先輩っアイス何味にします?」

「俺はアイスじゃなくてコーヒーを頼むよ。こんな寒いときにアイスなんて馬鹿だろう?」

「それって私が馬鹿って言いたいんですかーっ!! それにアイス奢ってくれるって言ったの先輩じゃないですか!」

「ふふっ」

彼女の笑顔を見たらどうでも良くなって、まあ、それはそれとして。
──彼女との一時を楽しもうか。


拝啓、いつかの君へ
(今は、幸せそうです)



(2010.10.30.)



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