あと一歩、ほんの紙一重の差で3連覇に届かなかった全国大会から早4ヶ月。 季節は豊かな秋を通り過ぎ、寒さ厳しい冬を迎えていた。 *** 「まだ決心はつかないの?」 親友の言葉にこくりと頷けば、彼女はそんな私の横ではぁー、と溜め息を漏らした。 「私は大丈夫だと思うけどなぁ……、」 「ん、」 曖昧な笑みを返す。 『自信を持つ』 それは簡単なようでとても難しい。 この想いを寄せる相手。 彼は学内では恐らく知らない人などいないだろうという程の有名人で。 『聞いた?今年もテニス部は決勝進出だって!』 『やっぱり今年も全国を制するのは幸村たちかな』 学内で彼らの話を耳にするたび……1歳という年の差を、本当はとてつもなく大きな壁に感じていたんだ。 *** 「無子に足らないのは、自分に自信を持つことよね。あと2ヶ月もしたら先輩たち卒業しちゃうんだよ?」 親友に図星をつかれてドキリとする。 「……ん、分かってる」 いくら同じ敷地内に建っているとは言え、中等部と高等部では棟が離れてしまう。 先輩が卒業したら今のようには廊下ですれ違ったり、図書館で先輩を見かけたり出来なくなるだろう。 何よりも…… この想いを伝えないまま、この恋を終わらせることなど出来ない。 そう考えて 親友に決意を伝えようとした、その時だった。 『きゃーっ』 テニスコートがある方向から、突如として響いた黄色い歓声。親友は窓際に出ると、未だ歓声の止まないテニスコートの方角を眺めて教えてくれた。 「あ、ねぇちょっと無子見て!?今から柳先輩が真田さんと試合みたいよ」 「……え、」 一瞬、視線をこちらへ戻した親友はクスッと微笑んで。 「……いってきたら? 大丈夫、アンタなら必ず、あの人に想いは伝わるよ」 「……うん!」 *** テニスコートに到着すれば、そこには溢れんばかりの人集り。 (皇帝vs参謀か…… そういえば、先輩たちの試合を見るのは引退以来久しぶりな気がする。) あまりの人の多さに、決めてきた筈の覚悟も少し揺らいだけれど それでも後悔だけはしたくなくて、 私は夢中で、叫んでいた。 「柳先輩、頑張ってください!!」 *** それから数時間が経ち…… すっかり夕闇色に変化した西の空を背に、柳先輩と私は向かいあっていた。 「…」 「……」 流れる、沈黙。 (あ、えっと……何か、話題っ) 私が1人焦る雰囲気を感じ取ったのか、柳先輩はフッと笑みを漏らして。 ひとつ、 「……ふむ、」 私の方に歩を進める。 やがて地面を見つめる私の上から影が落ち ふと我に返って頭上を見上げればそこには困ったように笑んだ、柳先輩の顔があった。 「そんなに……緊張しないでくれ」 「え……」 言うが早いか、私は先輩の細いけれど逞しい腕の中に収まっていた。 「え、あ、あのっ」 突然のことに驚きを隠せない。 (なんで?) 逃れようともがいてみるけど、私の意志とは逆に彼の腕に力がこもる。 そして、静かにそれは彼の口から紡がれた。 「好きだ、無子」 *** 「なんで、」 瞳の奥に熱いものを感じながら、静かに問う。 すると彼――柳先輩は、 あの穏やかな微笑みを浮かべて私の髪を梳きながら答えてくれた。 「……ずっと、俺を見ていてくれただろう?」 ――驚いた。 王者といわれる立海大附属テニス部で参謀と呼ばれるだけあって、 どうやら先輩は私がずっと、密かに先輩を見つめていたことに気づいていたらしい。 「あ、えっと……」 何と答えればいいか咄嗟には出てこなかったのだけど。 「無子が俺に一目惚れしてくれた確率、87%」 そう言って、彼はふと笑みを深くする。 「実は、俺もな」 けれどその直後、突如真剣みを帯びた、先輩の声。 「俺も、一目惚れだったんだ」 光ときみの隣 (2011.01.02.) 戻る |