すきで、どうしてもすきで、姿を見かけるだけで幸せだった。
挨拶できただけで幸せだった。
一言話をできただけで、笑顔を向けて貰えるだけで、胸がきゅんとして、目眩がするほど幸せだった。


「はぁ…、赤也先輩…」


「アンタ、まだ言ってんの?もうあきらめなよ、切原先輩は人のオトコでしょ」

「そうだけど…あきらめきれないよ」


「まぁ、告白して振られてたらちょっとは違ったかもね」

「…うん」


そう、わたしは赤也先輩に恋をしていたけれど、想っている内に先輩は人のものになった。
彼女は先輩と同じ学年の可愛らしい人で、先輩の隣に立つとすごくお似合いに見えた。
赤也先輩は彼女をすごく大切にする人で、彼女はまるで宝物のようだった。
それが羨ましくてたまらない意気地なしのわたしは、ただ指をくわえて見ているしかなかった。



「…はぁ」

空、青いなぁ…


「溜め息ついてどうしたんだよ?幸せ逃げっぞ」


「!、赤也先輩!こ、こんにちは!」

「おう」


「こんなところでどうしたんですか?」

「いや、廊下から中庭にいるの見えたから。…そういや、なんか久しぶりだな」

「そうですね!」


突然の赤也先輩の出現にどぎまぎしながらもチラリと様子を窺えば、先輩のなんだか哀しげな瞳と出会う。


「赤也先輩?どうかしたんですか?なんか哀しそう」

「ん、ああ、…俺、振られたんだよ。ついさっき」

「…え?」


まさか、あの人が、赤也先輩を?嘘。

「だから、フラッとしてたらお前がいた」

「せんぱ…」


声を無くして黙り込めば、ついと先輩が空を仰ぐ。


「あーあ、寂しいよな」
「………」

そんな先輩の表情に、不謹慎にもとく、とく、とく、と心が揺れる。
正直、卑怯だと思う。狡いと思う。小賢しくて、愚かだとも思う。
でも、心臓は逸って仕方がない。だって先輩は人気者でモテるから、別れたと知れたらきっと告白ラッシュになるんだから、わたしが戦陣を切ってもいいんじゃないか。
なんて、無理やり自分を正当化する。


疾く、疾く、疾く。


逸る心拍が行動しろ、後悔するなとわたしをせき立てる。

「あの、先輩…」






早く、あなたに伝えたい…

※疾(と)く=「早く」(古語)


(2010.10.27.)



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