放課後の校舎は、それまでの騒がしさとは一変して随分と静かになる。
日直の仕事などの理由で残っている生徒の人数はまばらで、小さな話し声が教室から響くくらいには静かだ。
日直の仕事を終わらせ、私は部活に向かおうと静かな廊下を歩いていく。すると、馴染みのある褐色の肌(というか…褐色の頭?)の男子生徒を見かけた。
こんな所で会う事があまりないから、珍しいなぁなんて思う。妙にそわそわした気持ちを抑えながら、小走りでその男子に近付いて声をかける。


「く、桑原先輩!」

「ん? あぁ、お前か」


私の呼びかけに気付いて、その男子…もとい桑原先輩は振り返った。
にこりと浮かべられた笑顔が爽やかすぎて眩しい。目が合ってちょっとだけどきりとする。
桑原先輩とは委員会が一緒で、たまに話したりするような、そんなわりとありふれた関係。あとよく作業を手伝ってくれる優しい先輩だ。


「こんにちは。……どうしたんですか? その荷物」


桑原先輩の手には大きな段ボール箱が抱えられていた。段ボール箱の中には多きな定規など、数学で使いそうな道具がいっぱい入っていて、それなりに重そうだ。
桑原先輩曰く、先生に頼まれて教材を資料室に運んでいる途中だそうだ。
重そうですね、私がそう言うと、けっこうな、と先輩は苦笑いを浮かべる。
立ち話をしていても先輩が疲れるだけなので、歩きながら話をする。何か持ちますよ? と聞いたけど、大丈夫だと断られてしまった。


「それより、お前部活じゃないのか?」

「文芸部ですから、時間には厳しくないんです。先輩こそ、部活大丈夫なんですか?」


桑原先輩はテニス部の所属で、しかもレギュラーの一人だ。練習とか、忙しいのではないだろうか。
ブン太に伝言を頼んでいるから大丈夫だろ。私の問いかけにそう答える先輩。
ブン太こと丸井先輩は桑原先輩とダブルスを組んでる人で、桑原先輩と一緒にいるのをよく見かける人。話した事はないのでよくは知らないが、桑原先輩にとって相棒みたいな人なんだと思う。


「頼まれた事を途中で投げ出すのも悪いしな」

「……先輩って、いつも思いますけど優しいですね」


私がそう言うと、それが普通じゃないか? って先輩は首を傾げる。
私が思うに、私の知る人の中でも桑原先輩以上に優しい人はいないだろう。
優しいというか、親切というか…損得とか考えずにいろんな人に尽くしている気がするから。先輩が誰かに頼まれて荷物を運んでいる姿を見たのは実を言えばこれが初めてではないし。
なんというか、桑原先輩は太陽の光のようだ。万人を照らす温かい太陽の光。
私も、その光に照らしてもらっている一人なのではあるが…。


「私は時々心配になります。先輩が悪い人に騙されやしないかと」

「おいおい…俺もそこまでお人好しじゃないぞ」

「ならいいですけど…」


ふぅ、とため息を一つ。
普段からこんな感じだと、きっと部活とかでも苦労しているんじゃないだろうかと思ってしまう。なんとなく、良いように使われてるんじゃないかなぁと…。
私がもう少し早く桑原先輩と知り合っていれば、テニス部のマネージャーになろうかとか考えてたのかな、なんて。そんな事を思ってもすでに遅いのだが。


「そう言うお前の方が俺は優しいと思うけどな」

「えっ…?」

「俺の事を心配してくれるのはお前くらいだしな。いい奴だな、お前は」


そんな言葉を何気なしに言ってくる先輩は天然なのだろうか。にこりと笑って、キラキラと眩しい。
深い意味は全くないとわかっていながら、心の中で歓喜している自分がいる。
実は私の優しさは先輩限定ですけどね。なんて、言えるわけがない。
べつに他の人に対して酷いワケではないが、桑原先輩は別格というか…特別というか…とにかく、ちょっと違うのだ。


「そんな事ないと思いますけど…」


私の優しいなんて、桑原先輩の優しいに比べれば本当にちっぽけなものだ。しかも桑原先輩限定なのだから、あまりいい事じゃないと思う。
それでも、謙遜するなよ、って桑原先輩に言われると悪い気はしなくて…つくづく調子のいい奴だと自分で自分に呆れてしまう。でも嬉しいものは嬉しいのだ。


「あ、いたいた。おーい、桑原ー」


聞き覚えのある声に私と先輩は立ち止まって振り返る、数学の福田先生だ。桑原先輩と同じく段ボール箱を抱えながら、私達の元に駆けてくる。
なるほど、だから段ボールの中身が数学で使いそうな道具だったのかと一人勝手に納得。
恰幅のいい体型の福田先生は数メートル走っただけなのにもう息が荒い。人の事は言えないが運動不足ですよ、先生。




「どうかしたんですか?」

「いや、すまん。実は荷物がまだ残っていてな…それ運んだ後も手伝ってもらいたいんだが…」

「ああ、いいですよ」

「すまんな」


福田先生は申し訳ないといった表情を浮かべながら、後でジュース奢るから、と付け足した。べつにいいですよ、と断る桑原先輩は立派だと改めて思う。


「……あ、先生、私も手伝います!」


咄嗟に思い付いた事を言ってみた。我ながらよくやったと自分を褒めてみる。
お、そうか、助かる。先生はそう言って先に資料室に向かってしまった。
残された私と桑原先輩も資料室に向かう。資料室まではもう少しだ。


「何もお前まで手伝わなくても…」

「いいんですよ。先輩一人残していくのもなんだか悪いですし」


何より先輩と一緒にいられるし、という本音は勿論内緒である。
そんな私の下心を知らない桑原先輩は、またしてもにこりと眩しい笑顔を浮かべて、ありがとうな、と礼を言ってくれる。
ありがとうな、なんて…私には勿体ない言葉だ。トクリ、心臓が跳ねた。


「桑原先輩、」

「ん?」

「こんなこと言うのもなんですけど…先輩は、もうちょっとくらい優しくなくてもいいと思いますよ。逆にもうちょっと人に面倒押し付けるくらいでちょうどいいかと」


正直に思った事を伝えてみた。
万人を照らす太陽の光が休めないのはわかるが、せめて雲に遮られて光が届かない時くらい怠けてもバチは当たらないと思う。少なくとも、先輩はそれでも許されると私は思うのだ。
そうなのか…? って首をかしげて問われたので、そうなんです、ときっぱり答えた。


「私にくらい、もっと面倒押し付けてくれていいんですよ?」

「いやそういうわけにはいかないだろ」


そんなすぐさま答えないでくださいよ…! なんて思っても言葉にはしない。先輩が優しい上に鈍いのはよく知っているからだ。
ちょっとくらいは気付いてほしいのだけど…そこまで求めすぎるのは私の我が儘だろう。
なにせ想いを伝える事さえまだ果たせていないのだから。


「でも手伝わせてくださいよ。私がそうしたいんで」

「……やっぱり、お前は優しいな」


そう言って先輩がふわりと優しく笑うものだから、じんわりと頬が熱を帯びていく。嗚呼、もう、眩しすぎる…。
私の優しさは先輩のその優しさがあるからだと、きっと先輩は知らないだろう。
私の優しさが、先輩への想いからだと、先輩は知らないだろう。……寧ろ知っていたら驚きだ。


桑原先輩は…太陽の光のように温かくて、優しい。
言うなれば私は、蝋で固めた羽で太陽に向かおうとするイカロスのよう。
まぁ…イカロスのように太陽に近付きすぎた結果…太陽の光に羽を溶かされ奪われ、地に堕ちるのだけは免れたいとは思う。
できれば太陽の光には受け入れてもらいたい。


(……「好きです。」って言ったら、先輩はどんな顔するのかな)


そんな事を思いながら、少しだけ先輩の隣に近付いてゆっくりと歩いていく。
先輩から微かな珈琲の香りがする。いい香りだな、不思議と心が落ち着いた。
とりあえず今は、傍にいられるだけで幸せなのである。






あの光に
添い遂げられたら


(きっと、今以上に…幸せなんだろうな)


fin


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