瑛一とわたしは、物心ついた頃からの長い長い付き合い、俗に言う幼なじみというやつだった。
大手芸能プロダクションの社長であり元トップアイドルでもあった彼の父親と、そこそこに名の知れた画家であったわたしの父親。
親同士の付き合いから始まった関係ではあったけれど、同年代の子供と接する機会の少なかったわたしたち二人は、すぐに意気投合した。
それは例えるなら兄と妹のようであり、あるいは姉と弟のような、そんな関係。

いたずらして叱られるのも、泣きべそかくのも一緒。
そういえば一度、叱られたことに不貞腐れてうちの庭の大きな木の上に二人よじ登って、うっかりそのまま眠っちゃって家中を大騒ぎさせたこともあったっけ。
意図せず引き起こしてしまった誘拐騒動に、またこっぴどく叱られたものだ。

お互いの家族よりももっと近い存在で、言うなれば自らの半身のような。
喜怒哀楽あらゆる感情のすぐそばには、いつも彼がいた気がする。
反面、瑛一の前じゃないと素直に感情表現できなくなってしまったのは、思わぬ副作用と言えるかもしれない。そしてそれは、きっと瑛一もおなじ。

今では人気アイドルグループのリーダーとしてすっかり有名になってしまった彼は、テレビの液晶画面からさえも溢れ出るカリスマ性を遺憾なく発揮している。
もちろん幼少の頃から、その整った顔立ちと日本人離れした手足の長さ、醸し出す雰囲気そのものが、すれ違う子供たちとは一線を画していたのだけれど。

でもわたしは知っている。
偉大すぎる父の陰に埋もれてしまわないように、彼自身の力で光り輝けるよう、人知れず努力を続けてきた姿を。

負けず嫌いで自信家で、その一方で実はすごく繊細で傷つきやすくて。
そんなありのままの裸の自分を、鼓舞し守るために瑛一がこれまで纏ってきた鎧。その重さを、わたしは少なからず理解しているつもりだ。
何故なら、鎧を脱いだ本当の瑛一を知っているのは、きっとわたしとこの白いポーラーベアのぬいぐるみだけだから。



「おかえり、瑛一」

「……名前か」

「お疲れさま」

「何の用だ、負け犬を笑いにでも来たか」

「まさか」



うた☆プリアワードを終えて、数日。
数週間ぶりに会う瑛一は、いつも通り傲慢で威圧的で、でもその横顔はほんの少し疲れて見えた。
そろそろ日付を跨ごうかというこの時間。
マンションのエントランスで待ち構えていたわたしの姿に、眼鏡の奥にあるアメジストの瞳がわずかに揺れる。

やっぱり来て正解だった、と思った。
ST☆RISHとの解散をかけての勝負はニュースでも見て知っていたし、もちろんその勝敗の行方も。

アイドルのことなんてちっとも分からないし、芸能界のイロハも知らない。
そんなわたしが瑛一に掛けられる言葉なんて、持ち合わせているはずなくて。
でもだからと言って見て見ぬ振りなんて出来ないし、分からないから放っておくなんてことも出来やしなかった。



「……とりあえず、中に入れ。ここじゃ目立つからな」

「うん」



オートロックを解除してエレベーターホールへと進む、瑛一の背中を追いかける。
大きくて広い背中は、すっかり大人の男の人のソレで。同じ目線の高さで駆け回っていた子供の頃が懐かしい。



「来るなら来るで、連絡くらいすればよかっただろう」

「んー…でも、瑛一いつも忙しいし」

「おれが帰って来なかったらどうするつもりだったんだ?」

「まぁいいじゃない、こうしてタイミングよく会えたんだし」



相変わらずおまえは適当だな、と鼻を鳴らす瑛一が意地悪そうに笑う。
歪んだ唇の端にある小さな黒子も幼い頃と何ら変わりない。あぁたしか、黒ゴマがついてるってからかって泣かせたこともあったっけ。
あの頃の瑛一の可愛らしさは、一体どこへ行ってしまったのやら。

そういえば、瑛一の涙っていつから見てないんだっけ。もう随分長い間、この幼なじみの泣き顔なんて拝んでいない気がする。
悔しいことに思春期と呼ばれる頃くらいから、何かあるたびに泣きつくのはわたしばっかりで。
そりゃたまには落ち込んだり自棄になってみたり、そんな姿を見ることもあったけど。



「ねえ瑛一、これ覚えてる?」

「……懐かしいな。名前の親父さんの絵本に出てくる、シロクマの……」

「「 バニラ 」」



二人の声がきれいにハモる。
バニラは父さんが描いた絵本に出てくるキャラクターで、ちょっとドジでおっちょこちょいだけど心優しいポーラーベアの子供だ。
わたしはそれが大好きで、バニラのぬいぐるみを肌身離さず持ち歩いていた。
名前の通りふんわり優しいアイボリーカラーのぬいぐるみは、幼いわたしと瑛一の友達だった。



「今日はさ、バニラと三人で一緒に寝ようよ」

「フン、川の字になってか」

「そう、特別に瑛一に貸してあげるよ」

「……生憎、ぬいぐるみを抱いて寝るほどもうお子様ではないからな」

「子供とか大人とか、関係ない」



大人だって泣くし、辛いことがあれば逃げ出したくもなる。
子供の頃は素直に出せていたはずの感情は、歳を重ねるごとに押し込めて隠して、無いフリをするのが上手になるだけ。

特に瑛一は聡いし、器用だ。
自分の魅せ方を分かっている分、周りが期待する「鳳 瑛一」の姿に、敏感すぎるくらい敏感だとも言える。

子供の頃からそうだった。
彼の父親はどんなことであろうと「負け」をよしとはしなかった。
大好きな父親の期待に応えるべく努力を続ける瑛一は、わたしからすればどうにも危なっかしい。



「でも、だったら……今夜だけは子供に戻ればいいじゃない」

「……」

「この子も、久しぶりに瑛一と一緒に寝たいって言ってる」



両手で持ち上げたバニラを、瑛一の鼻先へとつき出す。
ふわふわの毛並みに覆われた前足が、少し痩けたように見える頬を撫でた。
幼いわたしたちの涙をたくさん吸い込んで、ちょっぴりくたびれたアイボリーのからだが、今は何だか頼もしい。



「……ククッ、ふっ……ハハッ、面白い」



瑛一が上手く泣けなかったとしても、大丈夫。わたしとバニラが代わりに泣いてあげるから。
だからそんな強がらなくていいんだよ。眼鏡を外して、パジャマに着替えて、そしたらヨシヨシしてあげるから。

さあ、今夜は三人で休もう。




アイボリーは弱虫で泣き虫

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