にぎやかな声が遠くから聞こえてくる。
声に紛れて太鼓や笛の音色も届く。
この階段を上った先ではお祭りが開かれていた。
聞いているだけでも楽しい祭囃子を遠くに聞き、私はただただ人を待つ。
「待たせたな、名前」
声のする方へ振り向くと、そこには瑛一の姿があった。
少しだけ呼吸が荒い。
「いま来たところだよ。瑛一はお仕事?」
「ああ、少し長引いたから急いで来たんだが」
乱れていた呼吸を整えると、瑛一はこちらをつま先から頭のてっぺんまでをじっくりと眺める。
浴衣姿を見せるのは初めてだったため、きっとそれを見ているのだろう。
しかし分かっていても恥ずかしさは消えず、どこかくすぐったさを感じた。
顔ごと瑛一から逸らすと、瑛一は私の視界に入るように屈んで私を見つめる。
「恥ずかしがっている姿も悪くない……が、今日見るべきはそこじゃないな」
自然な動作で手を取られ、両手を広げて浴衣を見せるような姿勢になる。
「イイ……実にきれいだ」
言葉を飾ることもなく、ストレートに伝えられる褒め言葉に、私は顔が熱くなるのを感じた。
真っ赤な顔を見られるのが恥ずかしく俯いていると、頬に柔らかい感覚を覚える。
同時に聞こえるリップ音に、私の拍動が聞こえてしまうのではないかと心配になった。
「クク、行くぞ。せっかく祭りに来たんだからな」
私はゆっくり歩く瑛一の手を少しだけ強く握り、からんころんと下駄を鳴らした。
* * *
俺たちはさすがに子どもではないため、あまりはしゃぐことはなくのんびりと祭りを見て回った。
神社で行われている小さな祭りではあったが、名前がいるだけで今までのどんな大規模な祭りよりも楽しく感じられた。
ある程度祭りを見て回ったため、神社の境内へと上がる階段に彼女を腰かけさせる。
「疲れてないか」
「うん、瑛一がゆっくり歩いてくれたから大丈夫」
名前はにっこりとこちらに笑いかける。
いつもとは違い髪は結いあげられており、顔の輪郭から首筋まではっきりと分かる。
彼女の新しい部分を見つけたようで、少しだけ心が躍る。
しばらくすると、遠くで大きな音が響き渡った。
音につられて空を見上げれば大きな花火が空に咲き誇り、散っていた。
「わあ……!」
名前はすぐに立ち上がり、屋台が並ぶ境内へと小走りで向かう。
人がたくさんいるため、一人で行ってしまっては危ないと思い手を伸ばすも、彼女に届く前に俺の手は止まってしまった。
「おい、名前……、……っ!」
俺の声に振り向く彼女は境内の提灯に照らされている。
提灯の橙と彼女の浴衣の橙が、まるで溶けていくように混じった。
金魚の尾ひれのような帯の橙が少しだけ揺れる。
そしてそれらの橙に照らされて、名前の顔が少しだけ火照ったように見える。
あまりの美しさに、俺は息をのむ。
「……瑛一、どうしたの?花火見に行こうよ!」
名前がにこりと笑ったのを合図に、俺の体は自然と動きだし、彼女の手を引き自分の腕で包むように抱きしめる。
最初は驚いて強張っていた名前の体が、ゆっくりと俺の背中へと腕を回した。
「花火も悪くないが、今は名前だけを見させてくれ」
彼女の返答なんて聞かなくても分かる。
俺は彼女に静かに口づけた。
金魚が還る橙色の世界