生温い空気が肌を撫でる。あたたかいと、そう思った。視界が暗くなっているのに、目に映る男の顔だけははっきりと見える。じゃり、と男の靴底が地を踏む音がやけに耳に障った。手足を動かそうと力を込めるが、ピクリとも反応しない。仕方がないのでそのままの状態で待った。
――今更気付いたことだけれど、俺は地面に横たわっているらしい。口の周りが濡れているような気もするが、はっきりとはわからなかった。
視界はさらに狭まる。それでも、目の前の金髪はやけにはっきりと輝いて見えて。

「よぅ、気分はどうだ」

気分? ……何を言っているんだ。

「はっ……まぁ、気分も何もねぇよなァ」

男はやけに笑う。こいつ、こんなに笑う男だったっけ? 少なくとも、俺の前ではこんな風に笑ってはいなかった。初めて見た、気が、する。

「ホント、手前は最初から最後までとことん気に食わねえやつだったな」

ああ、その言葉、そっくりそのまま返してやりたい。でも俺を見て殴りかかってこないシズちゃんなんて珍しいな。とうとう体だけでなく、気までも狂ったか。

「……手前はよ、何で俺以外の奴に×××てんだよ」

それは俺の役目だろうが、と口にするシズちゃんの目が、笑っていないことに気付いた。何か反論してやろうと思ったけれど、口が、動かない。くそ、なんだよこれ。バカじゃないの。

「俺はよ、自分の手で手前を××つもりだったんだ。それなのに、何だよこのザマは」

シズちゃんの言うことが、理解できない。思考も、視覚や聴覚もはっきりしているはずなのに、わからない。

「……手前は、」
「手前は、そんな簡単に×ぬような奴じゃねぇだろ」
「どうせ、まだ俺の言葉だって聞こえてんに決まってる、なぁそうだろ?」
「……だから、これが手前が聞く最後の言葉だ。よぅく耳の穴かっぽじって聞きやがれ」

「最初はよ、俺は手前を×したら直ぐに手前のことなんざ忘れてやるつもりだった」
「でも、それもやめだ。一生、覚えててやる。俺の記憶の中で、手前を何度でも思い出して、何度でも×してやる」
「美化も、風化もしねぇで覚えててやる。手前は一生、俺に×され続けるんだ」
「手前にとっちゃあ屈辱だろうなァ、いつまでも、何度でも、俺の脳ミソん中で殺されるんだからよぉ」


――だから。


全身の感覚がなかった。聴覚と視覚だけが残されたこの体を、シズちゃんが一度だけ、殴る。そこで初めて、痛覚を思い出した。本当は、ずっと、腹部から生ぬるい液体が流れ出ていたのに全く気付いていなかったのだ。俺はまだ生きている。死んでいるならば、こんな風に思考がある訳がないからだ。生きている。視界が霞んでいく。痛みが酷くて思考もままならない。でも、腹部の痛みよりもシズちゃんに殴られたところの方が痛いなんてよっぽどだ。くそ、化物め。俺は、君に×されたのかな。それならば、知らない奴に刺された傷も、どうってことないような気がするよ。くそったれ。



ほんとに、馬鹿だよねぇ、シズちゃんは、さ。早く忘れちゃえばいいのに。
ねぇ、気付いてるかなぁ。
その言葉、まるでプロポーズみたいだよ。






思慮死考
(覚えていてやるから死ね)






――君に覚えていてもらえるなら、死ぬのも、まぁ、いいかなァ。




*――*――*
企画「ブルータル」様に提出しました。
男前シズちゃんがすきです。

2010/6/27

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