幼い少年と出会った。池袋の雑踏の中で、行き場を見失ってしまったような、迷子の子供だ。年は10歳にも満たないくらいだろう。小学校低学年程の背格好の少年は、灰色の雑踏の中でぽつんと、立ち尽くしていた。
そのときの俺は、何故か一人だった。仕事があったはずなのに、上司の姿も見当たらない。あれ、どうしたんだろう。仕事は。今日は何をするんだったんだ。トムさんはどこだ。
はてどうしたものか、何も思い出せない頭を捻り、しばらくぼう、と雑踏を眺めていると、幼い少年がこちらをじっと見つめていることに気付く。

「……」
「……」

その子供は、今にも泣きそうだった。いや、見た目は酷く無表情で実弟を彷彿とさせる程であったのだが、なんとなく、こいつは泣きだしそうだと思った。

「……どうした、迷子か」
「……?」

はあ、と溜め息を吐いて少年に近付く。近くに寄ってまじまじと見れば、少年は酷く美しい顔立ちをしていた。だからこそ、余計に泣きそうに見える。

「……お兄さん、何か用?」
「え、いや、迷子かと思って」

手前があまりにもこっちを見てくるから、なんてことは口にせず、率直に思ったことを話す。父ちゃんとか母ちゃんとかどうした、一人なのか、そう問うと、小さな目の前の少年は少しだけ目の色を揺らめかせ、俯いた。

「……だれも、いないよ」
「……え、」
「おれは、ひとりなんだよ」
「、えっと、……」
「みんな、おれのことがきらいだから」

ひゅっ、と息を吸い込んだ喉が鳴る。少年はニコニコと笑っている。それが酷く痛々しい。ふと気付けば池袋の雑踏は総て、まるっきり消えてしまっていた。人っ子一人いない。だれも、俺とこの少年以外は誰もいない。

「ねぇお兄さん、どうして、」
「……」
「どうしてみんな、おれをきらうのかな」
「……」
「おれは、こんなにも、人間を愛しているのに」

建物も空も道の端にひっそりと植えられている緑の木々も、全てが灰色の世界で、俺と少年だけが色付いていた。誰もいない。ふたりだけだ。

「ねぇどうして。どうして、だれもおれを愛してくれないの。だれでもいいから愛してよ、ねぇ」

少年の真っ赤な瞳が揺れる。泣いている。ぼろぼろとその大きな目から涙を溢して、俺のシャツをぎゅっと握り締めて、ぐずぐずに泣いていた。

「だから、ねぇ、」
「……、」
「おれを、愛して」

 お願い、シズちゃん。


そう聞こえたと思った瞬間、少年はナイフを俺の腹に突き立てる。幼い少年はもう少年ではなく、俺と同い年の、気にくわないあのノミ蟲野郎だった。街はもう色を取り戻していて、人が俺たちの周りを避けるように蠢いていて、人の好い上司は少し離れた所でこちらを見守っている。

「ああもうまったく、久々に隙をつけたと思ったんだけどなぁ……どうしてシズちゃんは死んでくれないわけ」

苦虫を噛み潰したような渋面を浮かべ、臨也は吐き捨てる。ああ、泣きそうだ、と、そう思った。


「……迷子か」
「……は?」
「手前、迷子なんだな」
「とうとう脳まで筋肉になっちゃったの?」

あんなに、灰色しかない世界ならば、臨也だって迷子になるだろう。あいつの世界には、何もない。人間を愛していると言いながら、誰もいないのだ。俺しかいないのだ。迷子の子供を、今にも泣きだしそうな目の前の男を、俺は。

「……帰るぞ」
「は……ぇ、えっ?」
「迷子は、送り届けてやんねぇとな」
「、頭トチ狂ったんじゃないのっ!? っ、はなせ、馬鹿!」

誰でもいいから愛して、なんて、二度とそんなこと言わせるものか。俺は臨也の手を取り、走る。誰も愛してくれないというこいつの世界に、どうして俺だけは存在していたのか、こいつは気付いていないのだ。


――おれを愛して、お願い、シズちゃん。




そんなの、今更なんだよ、馬鹿が。






迷子案内







*――*――*

頭がおかしいシズちゃん。

2010/5/22

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