事後に独特のゆるりとした空気の流れの中に、静雄の口から吐き出された煙が混じる。隣で横になっている臨也は、極力その煙を吸い込まないように努めた。

「……煙い」
「あ? なんだ手前、起きてたのかよ」
「目が覚めたの、シズちゃんがゴソゴソ動くからさあ」
「タバコくらいいいだろうが、吸わせろよ」
「やだ、俺、副流煙なんかで死にたくない」

じっと睨み付ける臨也に、静雄は小さく舌打ちをする。ここで一々つっかかってしまえば、また面倒なことになると踏んだからだ。臨也とこういった関係になってから随分と寛容になった、と静雄は思う。ピクピクとこめかみが青筋立っていることには気付かないままだ。

「ただでさえさぁ、シズちゃんの暴力を内側外側両方から受けてんだよ? その上内臓系まで全部シズちゃんに犯されちゃうわけ? 嫌だよそんなの」
「……、ん? つまり、手前にとっちゃセックスも喧嘩も暴力と一緒って訳か?」
「えっ、論点そこ? はは、まさかそこに食い付くとは思わなかったなぁ」

臨也の笑いが室内に響く。くっとベッドに沈み込んだ体を起こし、静雄の上に乗り上げる。静雄がまだくわえたままだった煙草を取り上げ、その口にくわえなおした。

「……おい」
「……ふ、やっぱり煙、不味い」
「じゃあ返せ」
「やぁだ……」
「タバコの煙が嫌なんだろうが」
「シズちゃんが吐き出した煙が嫌なだけ」

むしろ俺が吐き出した煙で、シズちゃんの内臓まで全部犯してやりたいね。
吸い込んだ煙を静雄の顔に向けて吐き出してから、臨也が言う。煙と甘さが充満した空間に、静雄は噎せてしまいそうだった。
しかし静雄は、こうした空気が嫌いではなかった。捕まえたと思っていても、臨也はするりと逃げてしまう。こうして飄々と、自由気儘なこの男を捕まえて自身の傍に縛り付けておくにはいったいどうしたものか、と思案している自分に笑いが出てしまいそうだった。

「んー。シズちゃんどうしたの、考え事?」

返事のないことを不審に思ったのか、静雄の胸板に手を突きながら臨也が問う。
静雄の腹筋のあたりを跨ぐようにして乗り上げているその態勢は、まるで情事の際のようだ。

「……なんでもねえよ」
「嘘、なんか考えてる」
「あ゛ー……手前のこと考えてた」
「っ……!! ば、かじゃないの」
「うるせ」

黙っとけ、と言うが早いか静雄は臨也の後頭部に手をやり引き寄せ、その口を自らのそれで塞ぐ。ん、ん、と口の端から漏れる臨也の声が静雄を煽った。細い腰に手をまわし、くすぐるような手つきで撫でると臨也は身を捩って逃れようとする。塞いだ唇を離すと、苦しかったのか臨也の頬には赤みが差していた。

「手前は、」
「ん、何……」
「どうしたら俺のモンになんだよ」
「は……?」
「あーもう面倒くせえ」

静雄が身体を起こすと、上に乗ったままの臨也はバランスを崩す。キッと睨みつける臨也の身体をそのまま組み敷いた。シーツの上に臨也の黒い髪が散らばる。

「ほんと、手前ムカツク」
「なにそれ、言いがかりじゃん……」
「うるせー、それ以上喋んな」
「……」
「黙んなよ」
「……本当、シズちゃんって横暴なんだから」

付き合うこっちの身にもなってよ。
はあ、と大きく息を吐き、今度は臨也の方から静雄に口づける。
首筋に回された腕の細さに、静雄は目を細めた。このまま折ってしまえば、臨也を縛り付けられるかもしれない。しかしそうしても、望むものは手に入らないのだと知っている。

「あのねえシズちゃん、君が何を考えてるのか俺は知らないし、想像するしかできないけど」
「……なんだよ」
「君が思ってる以上に俺は君に執着してるんだよ、それくらい理解しろよ、ばぁか」

そうじゃなきゃこんなことしてない。

そう吐き捨ててそっぽを向いてしまう臨也に、ついつい静雄の口元が緩む。

「臨也、」
「……なに」
「手前、ずっと俺の傍にいろ」
「……気が向いたらね」
「おい」
「あー……じゃあ、とりあえず10年くらい考えとく」
「あ? 10年と言わずずっといろよ、で、手前の言う暴力とやらを受け止めろ」

臨也の顔に、静雄の影が落ちている。臨也からは静雄の表情が逆光になっていてよく見えなかったが、それでも楽しそうにしていることはよくわかった。

「そんなに言うなら、10年間で俺のこともっと考えてよ」
「……手前、自分が今どんな顔してるかわかってるか?」
「……知らない」
「いいぜ、ずっとお前のこと考えてやる。誕生日も、記念日も、全部忘れねえでいてやるよ」
「へえ、単細胞のくせにそんなに記憶もつわけ?」
「楽勝だろ」
「じゃあ今度の俺の誕生日忘れてたらナイフで刺してやる」

からかう口調で、臨也が笑う。こんなときでも好戦的な臨也に、静雄も笑うしかなかった。愛しいと、そう思ったことも決して口にはしないけれど。

「それから、タバコもやめてくれる?」
「それとこれとは話が別だろ、むしろこんな煙でも手前の中まで犯せるなら十分だ」
「……シズちゃんのばーか」
「顔、真っ赤だぞ」

静雄が指摘すれば、臨也の顔はさらに赤くなる。うるさい、と減らず口をたたくその声も、こそばゆくてたまらなかった。




恋愛呼吸



(例えば10年経っても、)
(10年と言わず、ずっと)
(その煙を吸っていようか)




*――*――*
企画「プレゼント」様に提出しました
途中で臨也のもっているタバコはログアウトしました
甘いシズイザは難しいです

2010.8.30


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