※来神時代
※門臨






この学校には関わってはいけない人物が存在する。それが、平和島静雄と折原臨也だ。
一年の頃から校内外問わず様々な問題を引き起こしており、生徒の中では――そして一部の教師の中でも――暗黙の了解として“二人には関わるな”と広まっている。が。

「あっドタチン!」

その内の一人、折原臨也と、何の因果か同じクラスに振り分けられて早くも二ヶ月。出席番号の関係でただ最初の座席が前後だった、それをきっかけに何故か懐かれてしまったのだ。

「……そこで何してたんだ?」
「ん、サボり」

校舎裏の、人目につきにくい所で臨也は座り込んでいた。声をかけると臨也は、何かを隠すように体を動かした。何を隠したのかと気になって覗き込もうとすれば、臨也にキッと睨まれる。

「何隠してるんだ」
「なんでもな「にゃぁ、」

間抜けで、愛らしい鳴き声。はぁ、と諦めたようにため息を吐いた臨也は、背後に隠した何かが見えるように体を動かす。一匹の黒猫。つぶらな瞳で、こちらを見上げている。

「いったいどうしたんだ、こいつ」
「……落ちてたんだよ、ここに」

今見つけたんだ、と言う臨也の鞄からは、キャットフードの小袋が見えている。中身が大分少なくなっているそれは、どうにも「今猫を見つけた」という臨也の言葉と矛盾していて、つい笑ってしまった。臨也は自分の失態に気付いたのか少し顔を赤らめて唇を尖らせている。

「いつからだ?」
「……昨日かな」
「一週間くらいか」
「……ドタチンには嘘が通用しないなぁ」

そういえばここ数日は臨也が大人しかったと思い返し口にすると、どうやら当たりだったらしい。

「……この子、目、見えないっぽいんだよねぇ」

ぽつり、臨也が呟き、黒猫の前でひらひらと手を動かす。確かに猫の目はそれを追いかけようとはしていなかった。

「別に俺、猫とか好きじゃないけどさ。たまには気まぐれにこんなことしてみるのもありかなって」

臨也が嘘を吐くのはいつものことで、臨也の言葉が嘘かそうじゃないのか判別するのにも慣れた。

“関わるな、あの男は悪魔だ”

平和島静雄のように表立った悪名こそないものの、陰でひっそりと言われるその言葉と、実際の臨也との間にギャップを感じることが、最近よくある。

「まぁいい、ほら授業始まるぞ」
「えー、面倒」
「あのなぁ臨也、いくらテストの点が良くても出席率が悪いと単位が」
「はいはいわかったよドタママ」
「……誰がママだ誰が」
「じゃあパパ?」

クスクスと、無邪気にくるくると表情を変えて笑う臨也に、俺は小さくため息を吐いた。



* * *



梅雨入りは思ったよりも早かった。その日は朝からしとしとと細い雨が降り続けていた。
臨也の姿が見えなくなったのは、今日の昼からだ。いつものようにフラリといなくなったと思えば、午後の授業にも出てこない。臨也が授業に出ていないなんていつものことの筈なのに、何故か不安になる。身の入らない授業を終え、終礼と同時に臨也を探した。屋上も、部室棟の空き部屋も、体育倉庫や図書館、保健室も見たけれど、みつからない。あと探していない場所……と思い、まだ校舎裏に行っていなかったことを思い出した。

「臨也っ」
「……、あ、ドタチン」

臨也の姿を見つけ、濡れるのも構わず慌てて駆け寄り声をかけると、ワンテンポ遅れた反応が返ってきた。臨也の全身は、雨のせいかすっかり濡れてしまっている。とりあえず屋根のある場所に移動させるべく臨也の手を取ると、その手が土で汚れていることに気付いた。よくよく見れば、臨也のすぐ足元の地面は一度掘り返したように盛り上がっている。

「い、ざや……」
「俺さぁ、猫とか嫌いなんだよね」


だから、殺しちゃった。


そう言って笑う臨也を、思わず抱き締めた。

「なぁに、ドタチン……」
「いいから、」

無理に笑うその顔を、見たくなかった。臨也の嘘なんていつものことで、俺はその嘘を簡単に見抜ける位には、臨也のことを気にかけていたのだ。泣いてもいいんだぞ、と促してやっても、臨也はゆっくりと首を横に振る。

「俺が泣くと思う? そんなキャラじゃないって」

ドタチンはばかだなぁ、と。笑う声は、震えている。泣かないのではない。泣けないのだ。この嘘つきは、そういった自然な感情を、どこかに置き去りにしてしまっていた。


俺の目が見えなかったら、さ。相手がシズちゃんじゃなくっても、例えばそこら辺の不良なんかに絡まれただけでも、死んじゃう、の、かなぁ。


臨也のその例えは、わかりやすいものだった。本当のことは言えなくても、それでも。

抱き締める腕に、つい力がこもる。苦しいよ、と笑われたので体を離した。その小さな肩に手を置き、まっすぐに見据える。


「……やだなぁ、なんでドタチンが泣いてるの」
「お前が泣かないからだ」
「……そう、」


そっか、と。
一人納得したように、臨也は言葉を漏らす。土で汚れてしまったその手を、ぎゅうと握りしめた。冷たい。


「……俺はさぁ、こんな性格だし、泣いたりなんかできないけど、さ」
「……ああ」
「ドタチンが代わりに泣いてくれるなら、それでいいや」


臨也が、ふわりと笑う。雨は降り続けている。臨也の頬を濡らすその水滴が、せめて温かい雨であればいいと、そう心から思う。


――いつか、俺が泣くときがあったら、その時は、


雨の降る校舎裏で。
二人きりで、埋葬されたその亡骸に、手を合わせた。





雨に埋葬
(その時は、さぁ、)


(一緒に泣いてくれる?)







*――*――*
企画「取り越し苦労」様に提出しました
猫は烏に襲われました。
ドタイザ好きすぎてヤバい。


2010/7/6

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