REUNION 4




 世界で五種類しか確認されていない飛行能力。クロコダイルのような「自然系」よりも稀少で、もし市場に出回ればその価格は数十億とも数百億とも言われる。それが、幻獣種。

「ふしちょう」
「そう不死鳥だ。再生を司る幻の炎の鳥さ。まさかこの目で見られるとは思ってなかったぜ、これも巡り合わせってやつだな」

 大きくて丸くて髭もじゃで、所々抜けた歯並びを見せながらティーチが奇妙な笑い方で膝を叩いた。マルコの姿を見たティーチが悪魔の実の図鑑を持ってきて見せてくれたのだ。

「すげぇなマルコ、トリトリの実だけでも結構レアなのにおまけに幻獣かぁ、格好良いな」

 サッチに頭を撫でられて、マルコは唇に力を入れて僅かに体を揺らした。褒められることに慣れていないので、どうすればいいのか分からなかったのだ。

「飛ぶ練習しねぇとな。それと、この船での役割を決めよう。力仕事はお前にはまだ早ぇしなぁ、どうするよクロコダイル」

 マルコがティーチの開いてくれた[スナスナの実]のページから顔を上げると、声をかけられたクロコダイルがこちらに向かってくるところだった。ティーチがぱたりと図鑑を閉じ、見たけりゃまた見せてやると言い残してまた何処かへ歩いて行った。

「字は読めるのか」

 頭上からの問いにマルコは、読めない、と答えた。海賊になるような人間に識字能力の無い者は多く、マルコの境遇を思えばそれは驚くようなことではない。だがクロコダイルは、サッチとちらと目を合わせると不愉快そうに煙を吐き出した。

「不本意だがお前はおれの預かりだ。頭の無ぇ単純労働者は要らん。航海に最低限必要な言葉は一週間で覚えろ。文字もだ」
「おいおい、マルコは昨日まで寝込んでたんだぜクロコ」
「甘やかしてぇならて勝手にしろ。だが寝こんでたのはお前も同じだろう?」

 失血で寒さに震えてマルコを抱いていた記憶も新しいサッチがむぅと唸った。海賊稼業であるが故に明日の保証など何処にもない。マルコが出来る雑用をあれこれ考えていたサッチは、クロコダイルの正しさに反論出来ないし、そしてその気持はマルコを見たところで霧散した。
 マルコはといえば僅かに血の気の薄い頬を色付かせ、目を輝かせてクロコダイルを見上げていたのだ。マルコが喜びの表現を知っていたのなら、飛び跳ねてクロコダイルに抱きついていただろうとサッチはそう思った。

「おれ、字を読めるようになるのかよい」
「そうなれと言っている。暇な奴を後で呼んでやるからそいつに習え」
「あのノートとペンを、使ってもいいの」
「お前のものだと言ったはずだ。好きにしろ」

 そう言い残すと、自分の預かりだと言ったくせに無言でサッチに後を任せたクロコダイルは、手を振って自分を呼ぶ船員の元に行ってしまった。ため息の付き過ぎで肺をやられそうだ。サッチは未だ疼く全身の傷の痛みを振り払うように天に向けて伸びをした。肋骨も軋まず、顔の包帯も数日後には取れると船医は言っていた。

「マルコ、呼ばれるまで簡単な仕事、教えてやる。船に乗るからには働かねぇと飯は食えねぇからな。それから……まぁ、マナーはおいおいでいいか」
 
 ゆっくりとする食事をまず覚えさせ、海賊で片手のくせに貴族的な食事の仕方をするクロコダイルに習えばいいだろう。所詮海賊、マナーなど無用の長物だが、クロコダイルは絶対にマルコにそれを仕込むだろうとサッチは今の会話で確信していた。

「……たくさん、覚えたいよい」
「ん。しっかりな」

 サッチの手を握るマルコの手の力に、もう躊躇いはなかった。未だ呼ばれない自分の名前を残念に思いながら、サッチは自分の隊員を探して危なげない足取りで歩みだした。



 サッチに代わり、四番隊の男達は投網の収納場所やセイルの繕い方、それからマルコには必ず必要な戦闘時と時化の際の避難場所を教えてくれた。この船にはたくさんの能力者がいて、マルコが能力者だと知ってもその幼さに驚くだけで、気味悪がったり恐れたりする者は皆無だった。大きな荷物をからかい程度にマルコの肩に乗せ、でっかく育ってこれぐらい持てるようになれよと笑ってその荷物を担ぎ上げてみせた。荷物の重さで潰れそうだったマルコは単純にその力が羨ましく思った。
 時間はあっという間に過ぎて、マルコは男達に連れられて朝に来た食堂へ行った。朝とは違うその光景に、マルコは完全に気圧されてしまった。山と盛られた皿に腹を空かせた男達が群がり、目一杯腹に詰め込んでいる。マルコよりも大きな肉の塊がいくつもテーブルの上に無造作においてあり、どれもテーブルからこぼれ落ちそうな肉汁を滴らせている。色とりどりの果物の山は、目がチカチカしそうなほどだった。

「坊主、たくさん食ってでっかくなれや!おい、ガキがいるんだ、こっちにデザートも回せよ!さ、食え食え!!」

 マルコの目の前に置かれた皿は、前が見えぬほどに食べ物が乗せられ、マルコは渡されたスプーンをぎゅっと握りしめた。こんな食べきれぬほどの食料を、マルコは今まで見たことがなかった。

「おい好き嫌いは駄目だぜ、なんせ船の上だからな、残さず食えよ!」

 男に急かされ、マルコは逆手で握ったスプーンを皿に突っ込んで食べ始めた。食べきれぬ量だ。急いでも急いでも、無くならない。デザートに辿り着く前に、お腹が苦しくなってきた。こんな沢山ものを食べたのは初めてで、マルコは自分の適量と云うものを知らなかった。その上酷く眠くなってきて、気を抜けば椅子から転げ落ちそうだった。
 船を漕ぎ始めたマルコを一気に覚醒させたのは、背後からかけられた低い声。クロコダイルがいつそこに来たのか、把握するにはまだマルコは幼すぎた。

「口を拭いて付いて来い」

 そう言われて、マルコは袖口でぐいぐいと汚れた口を拭いて椅子から落ちるようにして立ち上がった。クロコダイルは僅かに眉を動かしたが何も云うことはなく、長い足に遅れぬようにマルコは急いで後を着いて歩いた。お腹が重くて苦しくて、歩くだけで息が上がった。
 連れて行かれたのは最初に入ったクロコダイルの部屋で、汚れたシャツを着替えろと言われたのでマルコは朝に着替えたばかりのシャツを脱いだ。着替えながら、このシャツを汚してはいけなかったのだろう、と考えついて、マルコの胸はチリと痛んだ。クロコダイルは、小汚い身なりが好きではないと言ったのに、と。マルコはそれを守れなかった。
 シャツを着替えたマルコは、何故か大きなベッドに上がれと言われたのでそれに従った。靴も脱げといわれ、慌てて登りかけのベッドから降りて脱いだ。ふかふかのベッドはクロコダイルの葉巻の匂いが染み付いていて、素足に触れるシーツはとても清潔であることがマルコにもわかった。

「呼ぶまで寝てろ」

 そう言われてマルコは初めて腰を浮かせた。背中を向けたクロコダイルが行ってしまうのが、嫌だった。

「待って」

 呼んで、呼び止めてしまった事にマルコは驚いた。振り返ったクロコダイルは怒っては居なかったが、マルコは心配になった。ここはクロコダイルのベッドで、そこに自分が寝ろと言われたこともそうだが、マルコにはまだやる事があった筈だった。

「おれ、字を覚えたいよい」

 図鑑をみせられても、ティーチが呼んでくれた部分以外はマルコにはわからなかった。スナスナの実も項目も同様だ。皆が話す言葉も沢山わからない所があるし、それを知ってもいいというのなら、知りたかった。

「今は寝ろ。そのほうが効率よく頭に入る」

 扉が閉まり、クロコダイルのコートが壁一枚を隔てて見えなくなった。マルコはくらくらを揺れる頭を壁につけ、そのままずるずるとシーツの上に沈み込んだ。蓄積した疲労は、小さな子供に太刀打ち出来ない強烈な眠気をもたらし、抵抗も虚しくマルコは即座に眠りに落ちた。マルコが次に目を覚ましたのは、昼食も完全に消化された時間だった。



2011/02/11

 

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