REUNION




注意:
[死の手触り]の翌朝の話です。
子マルコを書きたいだけの話なので、ストーリー性はありません。
観察日記みたいなものと思ってくださいませ。




 ゆっくりと覚醒してゆく意識を感じながら、子供は瞼を薄く開いた。見えるのはやはり暗闇だけで、変わらない閉塞的な世界をいつものように諦めという名の自己防衛で遮断しようとして気がつく。
 温かくて、柔らかい。そんなものに包まれている。手に触れているものは布地だ。けれどその下には、恐怖に身を震わせて冷たい体を寄せてきた自分よりも幼い子供たちのものではない人の体がある。脚だ、と子供が認識した頃、闇に慣れた目にまばゆい光と寒気が体に流れこんできた。

「坊主、起きたか」

 顔を覗き込まれ、思わず体を竦めた。片目を覆う包帯から僅かに膿の匂いのする男は、そこだけでなく全身に所々変色した包帯に包まれていて、子供は多分まだ若いのだろうその男に抱きしめられるように眠っていたのだ。動こうとしない子どもに首を傾げ、男は子供の額に手を置いた。冷たい手だった。

「熱、もうないな。昨日血ィ流しすぎてよ、寒くて寒くて死にそうだったとこにクロコダイルがお前を連れてきたんだ、覚えてるか?」

 クロコダイル、というのは昨日出会った大男だということは分かる。けれどそれ以外の記憶は熱のせいか子供にはなかった。小さく首を振る子供に、男はまいっか、と片眉を跳ね上げて笑って見せ、自分はサッチだと名乗った。お前は?と問われ、子供は僅かに躊躇いを見せた。けれども大人の命令には従わないわけにはいけない。そういう風にして生きてきた。
 子供の名前を聞いたサッチは、それまでの朗らかな印象から一転して酷く不愉快そうに眉根を寄せた。殴られる、そう思って俯いた子供の体は包帯まみれのサッチの胸に背をつけるようにして抱え込まれ、ベッドの下に揃えて置いてあった靴を履かせられた。殴られないことに安堵した子供は、その靴を昨日どこで脱いだかを覚えていない事に気がつく。
 歩けるかと問われ、床に立った足がきちんと動くことを確かめて子供は頷いた。サッチはそうか、とまた微笑んだので子供は彼を殴らないタイプの大人だと認識した。
 歩けるかと問うたサッチの方が足取りが危うく、手をつながれた子供はゆっくりとサッチの横を歩いた。怪我人だらけの血なまぐさい医務室を出ると、広い廊下には沢山の人間が行き交っていた。ここが大きな海賊船であることは、昨日連れてこられた子供も見ている。海賊船に乗るのは初めてだが、連れて行かれた場所で扱いが変わることは今まで無かった。ぼんやりと手を引かれながら、サッチがすれ違う男達のほぼ全員に挨拶されている事に気がついた。口を揃え、「サッチ隊長、生きてましたか」「隊長起きられてよかったです」とそんな内容で、子供はサッチが重要な大人だという事を知る。昨日出会ったクロコダイルも、船長が直々に声をかけたところを見ると位が上なのだろう。

「お前、ションベンは?」

 不意に声を声をかけられて、子供はビクリと顔を上げた。聞こえなかったと思ったのか、サッチはもう一度繰り返して「便所だ便所。おれちょっと血が出そうでこえー」と肩を竦める仕草をしつつ通路を右に曲がり、少し据えた匂いのする部屋に連れて行かれた。海に直接流れ落ちる構造の立板のような場所に立たされ、子供は戸惑った。隣に立ったサッチが緩いズボンをずらしてペニスを取り出し、顔を真赤にして唸っている。

「……おい、ションベンの仕方知らねぇのか?……ちょっと待ってろ、おれは今から戦う」

 意味を理解出来ていない子供は諾々とサッチの横に立った。子どもにとって大人の男のペニスは恐怖の象徴だっはずが、萎えたペニスを握ってうんうん唸っているサッチは何故だか少しも怖くなかった。気合をかけるように声を上げたサッチが真っ赤な尿を出し始め、子供は初めて一歩後ずさった。気がついたサッチが青ざめた唇で「悪い悪い、見なくていいって」と子供を遠ざける。

「丁度下っ腹に攻撃くらってよ、破裂しなくてよかったぜ全く。これから当分ションベンの度に戦いだぜ……」

 あー、とサッチは如何にも悲しそうに嘆き、最後の一滴を絞ったペニスを仕舞い込んだ。それから子供の丈の短いズボンを緩め、服に掛からぬようにちゃんと持てと幼いペニスを握らせる。

「立ってしたこと無ぇのか?」

 こくりと頷いた子供に、サッチは今度は眉を寄せるでもなく、納得したようにそうか、と言っただけだった。薬の匂いのするこどもの放尿が終わり、サッチは「あいつめ、おれは母ちゃん役しろってことかよ」と小さくボヤいた。

「おっと、お前が悪いとは言ってねぇぞ。さ、飯食いに行こう。飢え死にしそうだ」

 咎める響きを子供に与えたことに気がついたサッチが手招き、一回分の流水量が決められた手洗い場で手を洗わせる。船の上では各自が衛生に気をつける事が必要だと含められ、子供は素直に頷いた。

 
 不思議だった。今まで体験したことのない世界だった。
 すれ違う男達は皆逞しく恐ろしい面相をしていたが、活気があって誰もが笑っていた。通りすがりに蹴り飛ばされもしないし、目を合わせても虫けらを見たかのように逸らされる事もなかった。その上皆子供を見たがり、名前を知りたがった。聞かれるままに答えようとした子供をサッチが初めて手を強く引くことで咎め、子供は手にジトリと汗を滲ませた。けれどサッチは皆に「飯の後で教えてやる」と笑って挨拶を返していた。

「お前の名前、決めよう。一応保護者はクロコダイルだからな、おれが勝手に決めるわけにはいかねぇ」

 人通りが少なくなったのを見計らって、サッチは言った。73番。それは名前ではないと、そう言った。子供はそれ以外の名前を持っていなかった。


 結局名前を列挙したのはサッチだけで、クロコダイルは全て気に入らないと煙をぷかりと吐いただけだった。「マルコ」と云う名は、決めあぐねた二人を見かねた白ひげが「呼びやすい」という理由で付けてくれた。
 呼びやすいという事は、多く呼ばれるという事だ。
 マルコはこの平凡な名前を、生まれて初めて「嬉しくて、好きなもの」だと感じる事になる。




2011/02/05

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