愛をもっと!





 接岸の衝撃で、巨大なモビーディックが僅かに揺らいだ。サッチの両肩に担がれている砲弾をありったけ詰め込んだ荷物がぐらりと傾ぎ、後続のエースが慌ててそれを支えた。

「サッチ危ねぇ」
「悪ぃ」

 例え大荒れの海の上だとしても平然とロープの上で剣を扱える男がよろめいた。異変を察したエースがケースを奪い取り、じろりとその顔を見上げる。

「サッチ、体調悪いんじゃねぇ?熱あるのか?」
「んー……おい!それより熱かったらおれ死んでるから!」

 額に伸ばされたエースの手が発火したのを受けて後退するも壁際でバランスを崩して体を支えるのを見て、後続の隊員たちが何事かと様子を伺い出す。炎を収めたエースが額に触れて「熱い」と一言言えば、荷物を投げ出した野郎共が我も我もとサッチにぺたぺたと手を置き、あまりのむさ苦しさに一気に憔悴した様子になったサッチが肩を竦めて白旗をあげた。

「熱いですね」
「風邪でしょうサッチ隊長」
「上陸はおあずけですね」
「とっとと戻って医務室に行ってろい」

 ざわめく通路にその声はよく通った。一斉に注目を集めた声の主は、サッチの足下のケースを軽々と自分の荷物の上に積み上げてじろりとサッチの顔を一瞥する。

「あー……せっかくの島とオネーチャンが……」
「そのオネーチャンにビョーキを移すんじゃねぇよい」
「おまっ、人聞きの悪い発音すんな!」
「甲板で腹出して寝てるからだよい」

 ふんと鼻を鳴らして大荷物の後ろ姿が消え、立ち止まってんじゃねぇよいと注意された隊員たちの波が再び流れ始めた。島に上陸するに際し、疫病や病原菌を持ち込まないのは海賊と言えど船乗りとして最低限のルールだ。土産買って来ますんでと肩を叩かれながら通路を後戻りするサッチを、人波に逆らうエースが追いかけた。

「サッチ、無理すんなよ」
「何だお前、こんな時だけ優しいな。医務室でナースといちゃこらしてっから、楽しんで来い。上陸期間終わるまでに気合いで治して遊ぶからよ」

 両手が塞がっているエースの頭を撫でるその手もやはり熱く、心配の色を浮かべるエースを安心させるように笑って仕事に戻らないとマルコに怒られるぞと追い払った。ブーツの足音が僅かに躊躇いながら去っていくのに、全く生意気ガキのくせにたまに可愛らしい事をしてくれる、とサッチは乱された前髪を戻すのを諦め、ぐしゃぐしゃと手で乱しながら通路を後にした。




「あーん。」
「拳でいいか」
「つれねぇなーマルコ。病人に対するお約束じゃないの」
「一晩寝たら治るような風邪っぴきなんざ病人じゃねぇよい」
「明日悪化してるかもしれねぇじゃん。だからほら……もうイイマセン」

 医務室から早くも追い出されたサッチに食事を届けるついで、というよりも食事をついでに届けるのにサッチの部屋を訪れたマルコの手にあったものは四番隊の弾薬等のリストで、ベッドの上で大ブーイングをしながら自分の抜けた穴を書類上で埋めていくサッチが鬱陶しそうに長い前髪をかきあげた。整髪剤のついたそれが数本ぺたりと頬に貼り付いて、長年の海上生活で焼けた健康的な肌を僅かに翳らせていた。

「いいさ。おれなんて放っておいて、とっとと上陸してエースといちゃこらして来いよ。あーサッチ涙がでちゃう。だって風邪っぴきだもん」
「一番隊の上陸は明後日だよい」
「うっわ完璧にスルー?予想してたけどお前いつも酷いな。ほら、チェックしてくれ。飯も自分で食うからトレイくれよ」

 片手で書類を普通食のトレイと交換したサッチが、サイドテーブルを引き寄せてパンを干切る。大雑把に見えるサッチだがマルコに比べれば随分と几帳面で、食べこぼしが部屋に散るのを嫌う。まだ二人が年若い頃の大部屋で、それが原因で大喧嘩になった事もあるくらいだ。

「戻る。食ったら寝てろよい」
「おやすみのキスは?」

 じろりと睨まれ、パン切れを掴んだままのサッチがヒヒ、と口元を歪めた。同時に緩いシャツの胸ぐらを捕まれ、ギャアとおどけた悲鳴が上がる。

「ふざけました!ごめんなさいマルコ!」
「大人しくしろてめぇ」

 ドスの利いた声音に首を竦めた額にむにゅりと柔らかいものが触れ、目をしばたかせたサッチの眼前にはいつもと変わらぬ眠たげなマルコの目があった。けれどその口元は、ガキ大将が勝ち誇っているかのように得意げに歪んでいる。

「いい子にしてろい」

 いつもは触れられないサッチの頭をぐしゃりとかき混ぜ、書類を持った後ろ姿が扉の向こうに消えた。おやすみのキスされた事に気がついたサッチが一人で声をたてて笑っていたのを知るものは幸いにも居なかった。聞かれれば、熱が頭にまわったのかと医務室に強制送還されただろう。

 

 その夜やはり少しだけ熱の上がったサッチが人の気配と匂いに目を覚まして見たものは、陸の匂いを雑多に纏った男で、戻ったまま部屋に寄ったのだろう被りっぱなしのテンガロンハットが暗闇で揺れていた。ひやりと額に触れた濡れた指の感触に、少しだけ熱に緩んだ涙腺が疼く。

 たまには風邪も悪くない。

 たとえ翌日からくしゃみと鼻水の症状が加わって悪化し、当分ばい菌扱いされることになると知らずとも、サッチは束の間の甘い時間を感謝した。







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