海を渡る風





*クロコ20代前半、マルコ7歳
*海列車の建造年捏造
*白ひげが拾った子マルコを、クロコダイルが押し付けられた

*以上を踏まえてお読み下さいませ





 丸みを帯びた小さな手が、酷く大きさの釣り合わないニュースクーを広げ、なにやら真剣に記事を見ていた。頭の作りは申し分のないマルコは同じ年の子供に比べれば難しい文字も長い綴りも難なく読めるし、毎日字を読んで学べと言ったのはクロコダイル自身だった。力がモノを言う稼業だが、力だけが全ての時代はとっくに過ぎ去っている。時代を知る事は必ず役に立つ。
 しかし、子供の顔はある記事から目を離せないようだった。一面にある写真をじっと見つめ、固まってしまったように動かないマルコを見て、クロコダイルは葉巻をくわえたままの唇の端を、僅かばかり持ち上げる。

「海列車が気になるか」
「別に、ただ物珍しいだけだよい」

 小生意気に返答を返した子供の口元は、ポーカーフェイスが確立するまでにはまだ幾年か必要なものだった。白ひげにマルコを放り投げて寄越されて以来、マルコは大人ばかりのこの船の上で暮らしている。知識だけは増えても、実際に見たり体験したりという事はあまりに少なかった。そしてわがままを言うことも殆どないマルコが自分の希望を口に出す事も考えられなかった。
 マルコに背を向けたクロコダイルの背中に痛いほどの視線が突き刺さった。クロコダイルがマルコのわがままを不快に思うことは無いという事を、マルコは全く信じて居ない。海風に僅かに乱れた髪を撫でつけ、クロコダイルは巨大な船室の更に一際大きな部屋のひとつに足を踏み入れた。



 用意された衣装を着るのを散々嫌がって珍しく涙を浮かべそうになったマルコだが、発着駅に到着した瞬間に顔色の悪い頬を桃色に染めた。クロコダイルの首に縋っていた手が、ちいさく震えている。

「立派なもんだな」
「……うん、凄いよい、カッコいいよい!」

 意図的に賞賛の言葉を口にしてやれば、マルコは本当に子供らしく素直に感想を声に出し、押し込められたクマの着ぐるみの不愉快さも忘れ去ってしまったようだった。祭りの最中だったのが幸いし、海軍の近いこの町に変装して潜り込む事は容易かった。いかにクロコダイルがニメートルを越す大男であろうともグランドラインでは珍しいものではないし、肩に座らせたクマの着ぐるみに入ったマルコはどう見ても彼の子供にしか見えない。クロコダイルの肩に座るなんてと抵抗したマルコも、祭りの人波に消沈した様子で大人しく抱き抱えられたのだ。手を繋ごうにも、クロコダイルの手のひらまでは例え背伸びしたとしてもマルコの身長ではぶらさがるしかない。肩車は人混みの大嫌いなマルコから人を遠ざけられるし、何より安全だ。
 大きな父親の肩に座るクマの格好の可愛らしい子供は違う意味で人目を引いてはいたが、マルコは海列車に夢中で気にならなくなった様だった。

「これに乗れるのかよい」
「乗るさ。何のためにここまで来たんだ」

 生意気な口調も薄れ、期待に体を揺らすマルコにクロコダイルも機嫌よく露出した口元を歪めた。クロコダイルを象徴する鉤爪も今はマントの下、顔の傷も鼻の下で切れた仮面に隠されて見えない。
 あらかじめ手配していた切符をマルコに握らせ、さすがに列車の入り口には高すぎるマルコを肩からおろして右手に抱き抱えた。二枚の切符に駅員がパチリと穴を空け、指定席へと案内される。
 マルコは列車の窓から離れようとしなかった。吐き出される蒸気と汽笛の音に食い入るように耳を傾け目を見開き、もこもこしたクマの足が座席の上でひっきりなしに揺れている。水中の線路を掴んで海列車が動き出せば、マルコは身を乗り出して海を眺めていた。障害物が無い海の上で何かにぶつかる危険性は無いが、マルコは能力者だ。海に落ちれば助けることの出来ないクロコダイルは、マルコに気が付かれぬように、着ぐるみの尻尾をマントの下の右手で掴んでいた。

「クロコダイル」
「なんだ」
「……連れてきてくれて、ありがとよい」
「気にするんじゃねぇよガキが。どうせ買い出しも押しつけられてんだ」
「うん。でも、ありがとよい」

 海を見たまま、マルコが弾んでいるのを押さえつけるような声音で礼を言う。笑うことも滅多にしなかった子供が、たしかに今、微笑んでいるのがわかった。
 船を離れて良いと言ったのは白ひげで、セントポプラでマルコに甘いものでも食べさせてやってくれと言ってクロコダイルに小遣いを押しつけたのはマルコを一際可愛がっているクルーと隊長たちだった。好きなものをいつも仏頂面で食べるマルコが、クルーたちの居ない場所でなら笑顔を見せるかもしれない。そう思えば、こんな遠くまでマルコを連れてきてよかったとクロコダイルは思う。
 そう思うようになった自分の変化と、白ひげの策略に少しだけ舌打ちをしたいような心持ちになったが、マルコに聞かれるのは避けたいと思った。そう思うほどには、マルコを大事にしている。

「また行きたいところがありゃ連れて行ってやる。シャボンディのテーマパークじゃなけりゃな」

 くまの頭が振り返り、丸くくり貫かれた穴から覗いたマルコの顔が、今度こそ声を上げて笑っていた。それは年相応の、子供らしい笑顔だった。

「クロコダイルに遊園地は似合わないよい。あと今は、この服がいやだから着替えたいよい」
「セントポプラにも服屋くれぇあるだろ。おれが見立ててやる」
「クロコダイルみたいなのは襟元が苦しくて嫌いだよい」
「チ、てめぇもあいつらみたいな小汚い格好がいいのか」
「……怒った?」

 歪められた口元に、機嫌を損ねたのかと思ったのだろうマルコが未だ以前の生活の影が見え隠れする不安定さを瞳に浮かべ、クロコダイルは片手で小さな体を軽々と膝に抱えた。列車内に、そろそろ次の駅に到着するとアナウンスが鳴り響く。

「怒ってねぇ。まぁ土台、あいつらにセンスを求める俺が間違ってんだ。お前が女物の着物を着ようが半裸だろうがおれは構いやしねぇよ」
「……女物はいやだよい。でも、ちゃんと身綺麗にするからそれでいいかい?首が詰まった服は嫌いなんだ」

 抱き込まれたマルコのクマの耳がもこもことクロコダイルの胸に押しつけられた。マルコがスカーフすらも嫌がる理由を、クロコダイルは知っている。

「ああそれでいい。さぁ、もう着く。寝たらケーキもアイスもお預けだぞ」
「寝ねぇよい!」

 勢いよく顔を上げたマルコがもう一度微笑んだ。
 セントポプラの風が、着ぐるみからはみ出したマルコの金の髪を、たからものであるかのように柔らかく揺らした。





2010/09/15









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