凍えたい/前




 七武海としての初顔合わせの直後、辺りは海軍どもが頭を抱えるほどの惨状になっていた。それもこれも、この目障りな鳥頭の大男のせいだ。

「ガキが砂遊びをするにしては十分すぎる量だぜフッフッフッフ!いっそのこと、基地ごとリゾート開発するか!?」

 癇に障る笑い声を立てて、大男――ドフラミンゴは砂塵と化した元海軍基地の一部を見下ろして平然と立っている。自分に直接危害を加えるということは俺にとって時期が悪いということを分かりきって煽って来たことは明白だった。

「その目障りな趣味の悪ィ存在ごと今すぐ消えろ。本気で殺されてェのか」
「服装のセンスを馬鹿にしつつの存在全否定かよフフフフ!気に入ったぜ!」


 血管のブチ切れる音がするとはまさにその事。
 止めに入った将校クラスを数人巻き込んでの諍いは、俺のフラミンゴ野郎に対する認識を決定的なものにした。



 ――目障りな奴。頭の中まで天然色の鳥頭野郎。





++




 裸足の足の裏の感覚は、とうに無かった。
 これまで一度も出されることのなかった六階から連行されたのは一面の氷の世界。拷問の際に体に水をかけられる事は珍しくない。けれどこの日だけは事情が違っていた。
 鞭打たれるでも、殴打されるでもなく、ただそこに立たされ続けた「生身」の体は、虚勢すらも主人の意向を無視した。風の音に自分の歯の根がガチガチと触れ合う音が掻き消され、一面の白に平衡感覚がおかしくなって行く。濡れた髪の毛は当の昔に凍りつき、垂れた前髪の一房が頬に刺さるように揺れている。
 後何時間もせずに、自分は凍死するだろう。収監中の囚人を、更には元七武海であった自分を殺すにはもっと効果的に、または人知れず殺すはずだとわかっていながらも、そんな考えが頭をちらついた。

「砂になれれば、そんな辛い思いしなくてもいいのになぁ?不便なもんだ」

 ついに幻聴が聞こえ出したと思った。
 これであの趣味の悪いピンクの塊が見えたら、もう自分は死んだと思えたのに。

「遊びに来てやったぜ。今まで散々逃げてくれたからなフフフフ!」

 目線を動かす事すらも億劫な白い世界で、おれはドフラミンゴの腕の中に閉じ込められるという不愉快な拷問を嘆かずにはいられなかった。
 








 最悪だやめろはなせおれに触るな死ね殺す殺す殺す殺す

「……ひ、ぁ…」

 凍りついた唇からはそのどれも言葉には出せず、間抜けな呻きだけが石壁の部屋に反響する音となった。ここが何処なのかはどうでもいい。この監獄から出ることは、叶わないのだから。

 肌に張り付いたまま凍っていた質の悪い囚人服の隙間から侵入して来た手から、感覚の失せていた皮膚に徐々に灼けるような体温が伝わってくる。
 フラミンゴ野郎の不愉快極まりない体温の筈が、凍え切った体が理性に逆らってそれをもっと寄越せと渇望していた。

「気持ち良いだろ?生存本能が満たされるってのは最も単純な悦楽だからなぁ」

 ドフラミンゴが口の端を吊り上げて笑い、長い舌を見せ付けるようにしておれの顔の前で舌なめずりをしてみせる。何をされるかは分かりきっていたが、能力が封じられていてもいなくても、この男に単純な腕力だけで敵う事は不可能だった。それ以前に未だに体が凍りついて動かず、抵抗するどころか震えを止める事も難しかった。
 唇を丸ごと全て塞がれ、軟体動物のような舌が滑り込んでくる。唾液すらも喉を灼き、急激に上がった温度に対応しきれなかった体は呼吸すらも難しくさせた。

「これまで逃げて逃げて逃げまくってくれたお礼だ。最高に気持ちよくしてやるよ。体中舐めてやろう。腹ん中まで温めてやる。次は何処が良い?尖ったままのちっせぇ乳首?それとも待ちきれないチンコ?やっぱてめぇが大好きなケツの穴?」

 直接的で下品な問いかけに不快を示そうと繋がれた腕を動かしても、僅かに海楼石同士が擦れあう硬質な音がしただけだった。
 唇を解放された途端に転がされた石畳は、僅かに取り戻した体温を容赦なく奪う。咳き込むおれを見下ろすサングラスの下にあるはずの目を渾身の力で睨み付けた。……出来たのはただ、それだけだ。
 一番欲しいのは……違う。そんなものは必要無い。生存本能が見せている錯覚だ。

「ぅっ……!!」

 鷲づかみにされた凍った髪がパキリと割れ、顔に小さな破片が降りかかる。
 間近になったサングラスの奥がはっきりと見え、おれは動揺を隠すように肩で小さく息を続けた。

「チェックメイトだ、サー。抵抗したいならお好きなだけどうぞ?」

 笑いながらドフラミンゴの舌が、顔に走る傷をねっとりと舐め上げ、再び口内に侵入を始める。
 先ほどの蹂躙で口内は溶け、今ならばもう自由に動くかもしれない。けれども、その分厚い舌を噛み切る意思はおれにはもうなかった。

 チェックメイト。
 もう、全ては終わったのだ。









 凍って肌に張り付いていた衣服がパリパリと小さな破片を撒き散らしながら剥がされても、冷え切った肌には外気との差も感じさせない。ただ時折かすめるドフラミンゴの指だけが、苦痛なほどに熱かった。

「ちょっと凍えさせすぎたかぁ?つまんね」

 下肢を剥き出しにさせられても、目線を背けただけで動こうともしないおれに、不満気な舌打ちがされた。つまらないならとっとと消えればいい。しかしそれを口に出してこいつを喜ばせるのは御免だった。

「………!?」

 突如自分の意思とは関係なく顔を上げさせられ、ドフラミンゴと正面から向き合う形となった。ゆっくりと持ち上がってゆく両脚が軋み、凍り付いた関節が悲鳴を上げる。

「…あぁ、ちょっと良い顔になったな」

 ドフラミンゴが大きく広げられた自分の脚の間からおれを覗き込んでいるという屈辱的な体勢に、思わず頬が歪んだ。寒さのせいで縮こまった性器を弾かれ、ゆっくりとそのまま長い指が会陰を辿った所で再び背骨が軋む程に腰から下が折り曲げられた。
 目の前に見える自分の排泄肛を指先を押し込むように揉まれ、手錠に繋がる鎖がジャラリと音を立てる。

「……や、めろ……!!」

 乾いたそこに容赦なく突き入れられ、とうとう声を上げてしまう。鍵爪も、拘束されていれば単なる飾りだ。こいつを喜ばせる事だけはせめてしないようにと思っていたのに。
 歯を食い縛ったおれに、案の定ドフラミンゴはさも楽しげに笑い声を上げた。

「フッフッフッフッフ!ようやく良い声が出たじゃぁないか。てめぇが黙ろうが叫ぼうが遠慮無く突っ込ませて貰うがな、静かなのはつまらん。せいぜい無駄な抵抗を見せてくれよ。…んー、良い色だ。もっと拡がって中まで見えるようにしてやろう」
「――――!!」

 指先で孔を両側に限界まで拡げられ、ドフラミンゴの唾液が不愉快な音を立てて注ぎ込まれた。自分の体とその体液の温度差に痛みすら感じてもがこうとしたが、顔を逸らすどころか身動き一つ出来ない。

「熱いだろ?ケツん中までこーんなに冷えてんもんな。そのまま自分のケツの穴が拡がって、おれのが入れられて、そんでもって出し入れされる光景をお楽しみ下さい、サー。ってな!!フフフフッ!」
 
 眼前の悪夢は、過ぎた熱を持って脳にこれが夢だと認めさせてくれない。指を増やされ、中を掻きまわされて息が上がっていくのを止められない。
 時折尻肉を手のひらで打たれ、加減されていると分かっていても悲鳴を上げそうになった。叩かれるたびに内部を犯す指を締め付けてしまうのが楽しいらしく、ドフラミンゴは余計に執拗に同じ箇所を打った。

「悪い子のお仕置きはこうだって相場が決まってるもんな。そしてはしたない子はもっと酷い事をしないとなぁ?」

 打たれた部分も中も、痺れるような熱と痛みを訴えていた。指摘された部分はいつのまにか形を変え、目の前で震えている。

「死ね……!」
「――――フッフッフッフッフッフッフ!!!!」

 やっぱり悪い子だ。
 ドフラミンゴのサングラスの奥の瞳が、心の底から楽しそうに歪んだ。
 
 

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