休日




 おれにしては頑張った。
 と、自分で自分をちょっとだけ評価してみたが決して口には出さない。出したが最後、マルコは鼻で哂ってペンを投げつけて来るに決まっている。

「おー、合ってる合ってる。これで上陸準備は完璧だぜ。頑張ったなエース」
「マジで?」

 サッチの褒め言葉すら真正面から受け取れるほどエースは上機嫌だ。いつだって休暇であるのにも関わらず、雑務に関わって足並みを揃えないマルコの為に、エースは常日頃隊員に半分以上任せている補給準備の為の仕事をよい子の夏休みの宿題の様に早足で片づけ、一番隊古参の隊員にまで仕事を聞き回って終わらせたのだ。
 マルコをよく知る隊員たちはその決意を歓迎するにせよ止める者は無く、責任感の強い我が隊長が休暇を心おきなく過ごせる足場の整備に手を貸した。

 なのに。

「嫌だね」
「なんでだよ!心置きなく休暇を過ごせるわけだし、もうちょっと開放的になろうぜ」
「勿論心置きなく休暇を満喫させてもらうよい。ただお前と一緒の宿はごめんだ」
「……お願いマルコ」
「諦めろい。いつでもてめぇのお願いを聞くと思ったら大間違いだよい」
「だったらどうすればいいんだよ!!」

 タラップを踏み鳴らすようにしてマルコの背に怒鳴ったエースに、補給組が好奇の目を向けた。あからさまな舌打ちをしてエースに一瞥をくれたマルコは、無言のまま街道へ消えて行った。
 怒りと悄然とない交ぜになったエースのその背中に、隊員たちが恐る恐る声をかけた。

「あの、エース隊長。俺たちもマルコ隊長と休暇楽しみたいですから、みんなで誘ってお願いしてみますよ」
「……ありがと。でもしつこく誘ってもマルコ、自分が嫌だと絶対来ないだろ。いいよ、おれ一人で行く」

 周囲に残っていた二番隊の仲間にも笑って手を振り、タラップを一飛びで降りたエースはマルコの消えた街道へと溶けて行った。







 エースはマルコと一緒に居たいと思う。それは体の関係を持って以来肉欲も多分に含まれる感情ではあったが、それだけではない。尊敬の念もあるし、家族に対する親愛の情も溢れんばかりにある。
 マルコが自分を嫌っていないと言う事は理解している。けれど、理解しているのと感情はまた別の話だ。 
 隣にいるのを嫌がらないで欲しいし、抱きしめたくなったらそれを許して欲しい。舌打ちされ、適当にあしらわれるのは本当は酷く傷ついてしまう。

「マルコと過ごしたかったのに」

 独り言は、怨念のように重くへの字に曲がった唇から零れ落ちた。殴っても蹴り飛ばしてもいいから、マルコの時間を少しぐらいくれてもいいのに。
 そこまで考えて、エースの持ち物や食べ物を羨ましがって欲しがった弟の不服そうな顔を唐突に思い出し、持ち慣れない感情にぶんぶんと頭を振った。
 まだ日は十分に高く、もし宿が無ければ野宿でも全く問題ない。一人で泊まる位なら隊員たちの安宿に押し掛けて雑魚寝したほうがマシだし、今までそうする事の方がずっと多かった。
 有料で体をくれる女も、タダでもいいという島の遊び慣れた娘も居ると言うことは重々承知しているし、柔らかい体を楽しむことを知らない訳ではない。
 マルコと、過ごしたかったのに。
 癇癪を起こしそうな程にその言葉を何度も思い浮かべては腹の底に沈める。これがもし女なら、浮気するなとかもっと大事にして欲しいとか感情のままに叫べてすっきりするのかと詮無い事を思う。だが生憎マルコに対するこの感情の正体はエースにはさっぱりわからず、いつだってマルコの行動に振り回されてばかりだ。
 恋をしている、なんて言葉をもし当て嵌められたのなら、少しは我儘な己の行動に免罪符の切れ端が発行されるのだろうか。




 休暇に入って二日目。
 合流して昼間からしこたま飲んだ白ひげの家族たちが酒場からはみ出して寝入っている。店主に多めに金を包んで後始末を頼み、流石に飲み疲れたエースは諦めて宿を探すことにした。意地を張ってみても、白く清潔なシーツと柔らかいベッドの誘惑にはあらがえない。
 一番隊の隊員たちが誘ったが(と申し訳なさそうに報告された)、マルコは結局来なかった。
 一人で宿を探し、服も着替えずに眠れば翌朝の日はとうに真上にさしかかっていた。
 休暇はあと二日半、オヤジの気まぐれがあればもしかしたらもう少し伸びるかもしれない。

「……とりあえず、腹減った」

 元気に主張する腹の虫を慰めるのが先決と、酒精に浸りきった服を脱ぎ捨ててシャワーを浴び、シャツを羽織って受付に百年も座っていそうな老人にうまい飯屋の場所を聞いた。
 そう広くない島では食べ物屋の数も限られる。赤い顔の家族たちに飲み直しに誘われるのを断り、また食べながら寝てしまって気がついたら日は大分に傾いていた。
 このままではただ無為に休暇が終わってしまう。気を取り直して晩飯までに腹ごなしに島を歩こうと思い立ち、なんとなく日が沈む方向へと向かった。
 路地を進むにつれて街の賑やかさは薄れ、壁の薄い古い建物からはためく洗濯物や、小さな子供の泣き声や燥ぐ声がそこかしこから聞こえる。
 すれ違う年とった女たちはエースを一瞥するだけで忙しく立ち去り、長くなり始めた自分の影はどことなく肩を落として着いて来ているように見えた。
 緩い傾斜になってきた丘を登ると人が踏みしめて出来た道があり、やはりなんとなくそこを進む。密度の薄い林の向こうには青色が見えて、道は海へ続いていることを示していた。

「あ――――」

 林を抜けて辿り着いた小さな人工の花畑には、石造りのベンチが置かれていた。海を望むその場所に、見覚えある後ろ姿を認めて思わず息を飲む。
 細い煙をたなびかせながら、ただ海を眺めているその背中は全てを拒絶しているような気がして、エースは足を止めた。
 人が視認できるその距離で、マルコが足音に気づいて居ない筈が無い。振り向かないその背中は、エースを見たくないのだ、そう思った。

「……戻るのかい」

 背中を向けようとしたエースに投げられた言葉に、矢を射かけられたようにその動きが止まった。
 夕刻の強い風が吹き始めていて、たち消えそうになっていた煙草を捨てたマルコがゆっくりと振り返った。自分の事を拒絶したくせに、マルコの声はそれを忘れたかのように揺らぎ無い。
 とん、と地面を蹴る音。
 ベンチから一気にエースの元まで跳んだマルコがその頬を両手で挟んだ。目の前にある不機嫌そうな眉に、エースの肩がびくりと竦む。

「なんで泣きそうな面してんだい。皆は一緒じゃなかったのかよい」

 煙草の匂いのする手がエースの髪をかき混ぜ、慰めるようにしてぽんぽんと優しく生え際を叩かれる。マルコがおれを無視して休暇を過ごしているからだとか通って来た道がなんとなく嫌だったとか、口にしようとすればどれも言い訳の様な小さな理由で、結局何も言えずに黙ったのをマルコは違う理由にとったようだ。

「どうせ迷って帰れなくて腹でも減ってんだろい。こっち来い」

 肩を抱き込まれるように石のベンチに連れられ、マルコがサンドイッチの包みを突き出した。飯は食べたばっかりだったが、くるみの入ったふわふわのパンが思いの外美味しそうで、結局マルコの隣に座ってそれを一気に食べてしまわないように味わいながら噛みついた。

「美味ぇだろい」
「……」

 新しい煙草を取り出したマルコがそれを口にくわえて先端を揺らしたが、エースはパンに夢中で気がつかない振りをした。
 硫黄の匂いが一瞬だけ漂い、マルコが細く煙を吐き出した。

「エース、拗ねるなよい。おれが大人げなかった」

 予想もしていなかった謝罪の言葉に、エースの喉がゴクリと大きく鳴り、マルコは苦笑とともに水筒を差し出した。生ぬるくなったコーヒーは、マルコが短くない時間をここで過ごしている事を表している。

「……マルコは、何してたの」
「何も。ひとりでふらついて、暇つぶしの本買って、決めた宿は狭くて汚ぇが料理の上手ぇ婆さんが居て、寝て起きて婆さんの作った弁当持って散歩して、だらだらしてたよい」

 手を組んで伸びをしたマルコの横には古書が積み上がっていて、言う通りに本当にだらだらしていたらしい。

「お前が仕事を片づけてくれたおかげで、久しぶりに一人の時間が持てたよい」

 ゆるりと足を組み、心から満足そうに言うものだから、エースは自分の感情を恥ずかしく感じてしまった。
 マルコはオヤジの右腕、そして千人を超える家族の長兄のような存在だ。人のひしめき合う船でも、船を寄せた陸でも、その体はあまり自由にはなれない。まさにその羽を伸ばしたのだろうマルコの表情は酷く穏やかで、優しい。

「おれも……あんな、皆の前で叫んでごめん」

 背後に立ったエースの表情を見たマルコは、すぐに飛んできてくれた。心配してくれた。余裕の無い自分を見せつけられたようで、何もなくなった手を見つめてうなだれると、そこに代わりのように置かれた煙草臭い手があった。
 ぎゅっと握って、八つ当たりのように手の節に歯を立てると、マルコが喉の奥で笑うのが聞こえた。

「こんなにだらだらして後二日も休める。罰が当たりそうだなぁ」
「あとたった二日だ。おれ、マルコが来るのを楽しみにしてたんだぜ?」

 するりと出たエースの愚痴に、マルコはもう一度すまねぇと目尻に皺を寄せ、エースの頭を抱え込んで背中を叩いた。無意識に抱え込むいくつもの重圧から束の間だけ解き放たれたマルコを責める理由はどこにも見あたらない。
 抱かれるままに固い胸に額を押しつけ、エースもその背に手を回した。

「もう、十分満喫したのか?」
「ああ、これ以上は頭が溶けちまいそうだよい」
「じゃぁ……残りの休暇、全部じゃなくていいからちょっとだけ呉れよ。一番隊の奴らも、マルコが来なくて寂しがってたぞ」

 目に差し込む日の光は、どんどん茜色に染まって行く。残りの休暇が減っていく無情な時間の流れに、エースはマルコのように舌打ちをしたくなった。頭上で、マルコの笑いの気配が濃くなるのを感じる。エースの足元に、半分以上燃え残った煙草が落下した。

「ちょっとでいいのかい」
「……全部」
「そこは半分で妥協しろよい」

 茜色に染まったエースの口元のパン屑を掬った唇を追い、どうにも思い通りにならない年上の男の首を引き寄せる。
 エースは想いのままに、まだ飢えていると訴えるようにくちづけた。







2010/07/10


30000HITありがとうございます!
リクエスト一本目「マルコのやる気スイッチが解らない、振り回されるエース」と「仲良しな21」でお届けしました。
仲良し……?ですが、結局大事にされてるのでセーフにしてくださいw




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