裸足で海へ





 ペタ。ペタペタカツカツペタ。コツコツ、ペタペタ。
 落ち着かない不規則で奇妙なリズムの足音に、一体どんなおかしな靴を履いているんだと疑問に思ったジョズは、振り返る事により更に奇妙な物を見る羽目になった。

「なーぁ、マルコー」
「着いて来るんじゃねぇよい。尻尾踏みやがったら承知しねぇぞい」
「皆が浅いプールみたいに穴掘ってくれるって言ってたから平気だってば。なんならそのままの格好でいいし」
「おれは水鳥じゃねぇよい」
「水鳥だったとしても結局浮かないだろ……ぅわ!」

 常人では目で追うのも難しいスピードで蹴り抜かれた足がエースの頭頂部をかすめ、再び鱗に覆われた爬虫類の様な足に瞬時に戻った。
 輝く長い尾羽を引きずりながら、世にも珍しい不死鳥が徒歩で船内を闊歩しているという状況に、それを見た通りすがりの船員たちも何事かと無遠慮な視線を送っている。
 先程のおかしな足音はどうやらマルコが人型から獣型へと変化した際のものらしい。

「どうしたんだエース、マルコ」
「ジョズ!それがさぁ!」

 ぱっと顔を上げたエースが味方が出来たとばかりにジョズに状況を訴えた。
 現在モビー・ディックは無人の夏島に停泊中である。航海中に不足しがちな新鮮な果物と、清水が中央の山から湧き出ているため、それを確保するまでの間に手が空いた者が出来ることは一つ。

「海水浴したいだろ!?」
「能力者が馬鹿言ってんじゃねぇよい」
「だから砂浜にプール作ってくれてるって言ってんじゃねぇか!」

 気温と湿度の高いこの島で、そんな気分になるのもわからないではない。だが拳を握って真剣に訴えるエースに、同じく能力者のジョズはマルコの気持ちは痛いほど分かった。
 汗ばんだ腕でしがみつかれるのが不愉快だったらしいマルコが不死鳥に変化してエースの腕を逃れたのも気に入らないのだろう。

「……わかった。もういい」

 ピタリと尾羽根の際で足を止めたエースが俯いたままぼそりと低く呟き、軽い足音を立てて甲板へ抜けていった。
 腰を下げて話を聞いていたジョズと、エースを見上げる形になっていたマルコはその表情を真正面から見てしまった。
 鳥の顔故に表情を読みにくいマルコを、ジョズは何も言わずに掬い上げて幅広の逞しい肩に止まらせる。マルコも僅かに顔を背けただけで、大人しくその場所に収まった。






「うはー、冷たくて気持ちイイけどやっぱダリぃー」
「そうっすねぇ。エース隊長俺、海に自主的に入るのってもう何年ぶりだか覚えてないっすよ」
「おれもだ。昔は水に潜ってたなんて信じられねぇや」

 人海戦術で掘られた砂浜のプールは、潮が引くまでの短い間しか使えない。わざわざそれを作ってくれた船員たちに礼を述べて、エースとそれに誘われた能力者たちが腰から下だけを、悪魔の実を口にしたその日から重い枷としか思え無くなってしまった海水に浸していた。
 波の穏やかな碧い海で、非能力者たちが頭まで潜って体の熱を冷ましている。それはもう、二度と楽しむことの出来ない遊びだ。

「…あれ、ジョズ隊長だ!隊長もこっち来て浸かりましょうぜ、あっち向かって羨ましそうに指咥えて!」

 三番隊の隊員が遠目にも大きなジョズの体を発見し、がははと大口を開けて笑いながら立ち上がった。同様に振り返ったエースは、その肩に青い生き物が鎮座しているのを信じられないという目で見つめた。

「邪魔するぞ、エース」
「気をつけてな!おいみんな、ちょっと水嵩増えるぞ!!」

 エースの掛け声に、能力者たちが笑って巨大な三番隊隊長の場所を明けた。大きな体がゆっくりと砂地の窪みに吸い寄せられ、力が抜けたようにバシャリと水を跳ね上げてエースの横に腰を落とした。実際力など殆ど入らないので、水をかけられた能力者たちは同じ気持でさざめき笑う。

「マルコも来いよ」
「……濡れたくねぇ」
「じゃ、ここにさ。尻尾くらい良いだろ?気をつけるから」

 膝を立てたエースが、そこに自分の腕を乗せて叩いた。ジョズの肩から垂れている長いマルコの尾羽根は既に海水にぷかぷかと浮いている。マルコの顔が反映された不死鳥の細い目が諦めたように眇められ、ばさりと大きく一つ羽ばたいて水面スレスレのエースの腕に着地した。
 体温が人より高い鳥の体だが、羽毛の無い足だけは気温の変化に敏感だ。ひやりと硬いマルコの足の感触に、エースがふひ、と気の抜けた笑い声を漏らした。

「ジョズ、マルコ、ありがとう」
「たまには良いものだな」

 ジョズの太い足がダルそうに水を跳ね上げ、水面が揺らいだ。小波がエースの腕にも押し寄せて、マルコの爪の先を濡らす。
 誘いを断られたエースの悲しそうな顔に、二人ともどうしようもないほど罪悪感を感じてしまったのだ。楽しみにしていたピクニックの日に雨が降ってしまった子供のような、行き場のない悲しみにくれた末の可愛い弟は、なんとかして笑わせなければいけない。
 そんな義務等有りはしない。だが、ジョズもマルコもそう思ってしまった。

「皆で海水浴が出来て嬉しい!おれ、山育ちな上に弟がカナヅチだったから、一回こういうのやってみたかったんだ。みんなで騒ぎながらさ。ほんとはあれもやりたいけど」
「浜辺でなら出来ますよエース隊長。俺らもやってみたいっす」

 悔しそうにエースが海の中でボール遊びをしている隊員たちを見ると、並んで力の抜けている能力者たちが賛同した。こんなにも能力者だらけの海賊船は、世界広しといえどもそう何隻も無いだろう。隊長隊員の隔て無く、泡沫のプールは親近感に包まれた。

「マルコもやるよな」
「おれはそろそろ食料調達に行ってるやつらを見に行かなきゃならねぇよい。毎回道に迷う奴が何人かいるからな」
「……そっか、残念だ」

 今度は大人しく、エースは眉を下げるだけで諦めた。迷子探しともなれば、空を飛べるマルコでないとこの広い島の森を探すのは難しい。

「じゃぁさ、足だけでも浸けていかないか?」

 真正面から顔をくっつけるようにして、エースがマルコの鼻に迫った。せっかく楽しく海水浴をしている気分を味わっているエースのために、と青い炎を揺らめかせてマルコが首肯する。

「足だけだぞい?獣型が維持出来なくなる」
「うん!」

 人型に戻ってもいいとは少々思ったが、濡れたまま飛ぶ事を思えば避けたい。ぱっと笑顔になったエースが、ゆっくりとマルコの止まっている腕を下げた。独特の倦怠感が体を支配して行くのは決して愉快な感覚ではない。だが、真夏の気温の中で冷たい海水は、忘れ去っていた心地良さを僅かに思い出させた。
 浅瀬でボール遊びをしているいい年の男どもの立てる飛沫も笑い声も、どこまでも平和だ。時間を忘れるような穏やかなひとときに、マルコは少しだけエースに感謝しようという気持ちになった。

(――――?)

 ばしゃりと耳に飛び込んだ水音。何を認識するより先に、揺らいだ視界の向こうに傾いた真夏の太陽が見えた。そしてそれを遮るように大きな顔が目に飛び込む。ああ、ジョズの顔だ。そう認識したと同時にゴボリと大きな気泡が口から飛び出した。
 何で口から泡なんて――――――

「……がはっ!!ゲホッ、オぇ――」
「マルコ!!大丈夫か!?」

 気がつけばマルコはジョズに抱き抱えられて水を吐いていた。しこたま海水の浸入を許した粘膜は突き刺すよう痛み、砂に手をついて呼吸を取り戻して顔を上げたマルコがようやく現実を認識した。
 アホ面下げて鼾をかくエースと、下げられて海水に浸かった腕。頭のてっぺんから爪先まで濡れ鼠となったマルコの額に、ぴしりと血管が浮いたのが誰の目からも確認できた。
 エースの腕が落ちて体が水に浸かり、獣化が維持できなくなった人の体は膝下程もないごく浅いプールで溺れたと言う事。
 その巨体のおかげでマルコを掬い上げることが出来たジョズが、オロオロとマルコとエースの間で視線をさまよわせた。
 覇気すら漏れ出しそうな様子のマルコが、ふらりと立ち上がるのを止める者は居ない。

 小さな憧れだった夢は叶い、エースの体はボールの様に青い海へと吸い込まれた。





2010/07/04




あとでちゃんとマルコにごめんなさいをしますw
次は人型でしような、と懲りないエース通常運行。






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