風は凪、空は晴天。
 敵襲も無ければ大型の海王類がひょっこり顔を出して暴れると言うハプニングも期待すれど全く起こらず、モビー・ディックの航路は順調極まり無かった。
 だがその海賊船らしからぬ平穏の中、事件は起こる。


「船医連れて来い!!それと工具……!!船大工かビスタもだ!!」

 慌ただしい命令に、すわ敵襲かと甲板がにわかに騒がしくなった。
 大声を出したサッチの周囲には徐々にクルーが集まりだし、甲板に横たわったままのマルコが苦々しげに舌を打った。

「大騒ぎするんじゃねぇよい、大した傷じゃねぇ」
「大した傷だよ馬鹿!お前の感覚が麻痺しすぎだ馬鹿!脂汗掻いてんだろうが馬鹿!」

 いつもは言われる側のサッチに三度も馬鹿呼ばわりされたマルコだが、言い返す事も出来ずにサッチが首のスカーフを自分の太股の付け根にきつく巻き付けるのを見ていた。
 ごぽりと粘液質なものが甲板に溢れ落ちる。脚から流れ出す大量の血液を、どこか見せ物でも見ているような錯覚に陥った。それほどにマルコと怪我というものは、あまりに縁が無い物だった。

「ごめんマルコ……」
「謝るな。避けられなかったおれが悪いんだい、判断ミスをしたのはおれだ。気にするなよい、こんなもの……こいつが無くなりゃぁ、すぐに治る」

 心臓を低くしたマルコの側に、今にも泣き出しそうな顔のエースが座り込んでいた。
 時間の出来たマルコに手合わせを願ったエースにマルコが付き合う。それは暇になった航路上ではよくある事で、マルコも体がなまるからと言って断ることは滅多に無い。
 組み手をする時にお互い能力を使わないというのは、始めた時から決めていたルールだった。それが今回は裏目に出たのだ。
 大型の海王類を仕留める為の巨大な弩弓は敵への応戦用の武器にもなる。それが甲板にあるのは致し方無い事だ。だがその矢の保定が甘く、マルコに弾き飛ばされたエースが弦に当たった瞬間に巨大な矢が轟音を立てて弦から離れた。
 普段のマルコなら決して当たることは無かっただろう。ただその時に自分に課していた能力を使わないという枷、そして矢の射箭上に居たクルー。マルコのとるべき事が出来た行動は、一つだった。
 巨大な矢はマルコの左腿の骨を砕き、鋼鉄のシャフトを貫通させたまま船縁に突き刺さった。
 いくら不死鳥といえども実体のある動物系であるマルコは、10メートルもある矢を自力で抜くことは出来ない。戦闘中であるならば既に皮一枚で繋がっているような脚等引き千切ってでも再生したのだろう。だが流石に脚を失った事は無く、再生するにも不安がある。
 ここはマルコの家であり、そんな事になれば自分を庇ったと知って涙目になっているクルーと、原因となった弓場を管理していた蒼白な隊員、そして運が悪かったとしか言いようが無いのに自分を責めるエース。その誰もが更に負い目を感じてしまう。

 重要な血管を破壊されるのはこんなにも苦しいものだったかと、僅かに遠のき始めた意識の中で他人事のように思った。

「マルコ大丈夫か!?ビスタも船大工も見つからなくて……!」
「ハルタ、遅……オヤジ!?」

 人垣の外からようやく聞こえた声に止血点を抑え続けていたサッチが空を見上げて驚愕の声を上げた。
 小さなハルタに連れられた山のように巨大な白ひげが、血溜まりに横たわった息子の横に膝をつく。

「オヤジ……!」
「マルコ、すぐに抜いてやる。エース、サッチ、肉が千切れねぇように傷口の周りを抑えてろ」

 まさか白ひげが駆けつけるとは思ってもいなかったのだろう。色を失ったマルコの唇に力が篭もったのが、手を血塗れにしてシャフトの周囲の骨の飛び出た腿を掴んだ二人には見えた。この後に及んでまだ、オヤジに迷惑をと等考えているのだろうと言うことは聞かずともわかる。
 "かえし"の着いている鏃を無理に船縁から抜けば、衝撃でマルコの脚が飛んでしまう。白ひげが傷口から僅かに離れたシャフト部分を握ると、低いモーターの唸り声のような振動が静まった周囲に響いた。

「――――う、ぐっ……!!」

 パキン、と木の枝が折れたような呆気ない音を立てて鋼鉄のシャフトが白ひげの手の中で砕け、振動を傷口に受けたマルコが歯を食い縛って仰け反った。
 無意識に藻掻いてしまう体は後ろからようやく駆けつけたジョズに抑え込まれ、細心の注意をはらって太股に大穴を開けていた鋼鉄のシャフトが引き抜かれて行く。
 滅多に無い……中には初めて聞いた者もいるだろうマルコの苦悶の呻きに周囲は静まり返り、マルコが庇った船員はとうとう泣き出してしまっていた。

「……何泣いてんだよい、葬式じゃあるめぇし…ほら」

 覗き込めば下の甲板が見えていた血塗れの脚が、青く燃え上がった。それは瞬く間に傷の全てを包み込み、炎が消えた後にあったものは、ただ大きく破れたズボンの布地と傷一つ無い皮膚だった。

「もう平気だよい。オヤジ、心配かけてすまねぇ」

 今まで死にそうな顔色をしていたマルコの方が心配そうに白ひげを見上げ、気を効かせたジョズは周囲のクルーたちを散らした。

「弩弓の保定の事はきつく叱っておくよい。刺さったのがおれじゃなきゃ死んでたかもしれねぇ。この際大砲も全部点検し……っ!?」

 立ち上がろうとしたマルコの視界が塞がれ、強く背を抱きしめられた。目にかかる帽子のつばと高い体温は愛しい末の弟のものだ。血塗れにしてしまったエースの手をようやく外させると、マルコは戸惑うように白ひげとエースの間で視線を泳がせた。

「エース、本当におれは大丈夫だよい。血も再生するからすぐに動けるし、心配するような事は」
「今心配じゃなくてもさっきまで本当に死にそうだったじゃねぇか!!」

 エースの怒鳴り声に、周囲がびくりと振り返った。
 
「マルコにとっちゃ当たり前の事かもしれねぇけど、あんなに骨が砕けて血が出たら、人間は簡単に死ぬんだ。死なないってわかってても嫌だ!あんなに痛そうにしてたのになんでもう忘れたみたいに平気な顔出来んだよ、自分のこと、もっと……!!」

 言葉を切ったエースが腕で顔を擦り、乾いていなかった血がその頬に付着した。マルコの頭上に影を落としていた白ひげに助けを求めても、雄々しい白いひげの下で口角をあげて見せたのみだ。

「……エース、おれの能力は無限の盾であることだ。盾が無くなっちゃぁ話にならねぇ。だから、おれなりに自分を大事にしてると思ってるんだよい。死にたいとも思わねぇ。けどな……心配させて、すまねぇとは思う」
「無様に呻いて心配させるくらいなら、さっさと脚を千切ってしまえば良かったとか考えてねぇかマルコ」
「……」

 同じように血塗れの腕を組んで立つサッチに見下ろされ、マルコは口を噤んでしまった。目の前のエースの目にも再び怒りが宿り、思わず後ずさりしてしまいそうになる。

「劣勢だな、マルコ」
「オヤジ…」

 ニヤリとジョリーロージャーと同じ角度で笑った白ひげが、エースの腕から散った血の付着した金色の頭髪を指先で撫でた。あまりの体格差にマルコは頭ごと揺すぶられてしまう。

「どうせやる事もねぇ。島に着くか馬鹿どもが押し掛けて来るまで説教されてろ。たまには新鮮でいいだろう、怪我も怒られるって体験もな!」
「そんな、オヤジ!」

 焦るマルコを余所に、機嫌良く特徴的な笑い声をあげた白ひげが巨大な体を船室に吸い込ませて行った。
 途中で甲板上の装備を点検するように命令されたイゾウが、親指を立ててさも可笑しそうに片目を閉じて見せ、ハルタもそれを追いかけるようにして立ち去った。
 残されたのは、血塗れのエースとサッチ、そして無傷のマルコ。

「オヤジの許可が出たしな。おれがマルコの事をどんだけ大事に思ってるか、嫌と言うほど教えてあげるよ」
「エース、おれが説教出来る余力は残しておいてくれよ」
「大丈夫だよ、不死鳥だし。でも殴ったりとかは駄目だぞ、マルコはおれんだから」
「へいへい」

 待て。お前等今、おれが不死鳥であることに慣れすぎてると怒ったんじゃないのか。それから一体、何の説教をするつもりだ。
 言いたい事は山ほどあったが、両脇を二人に抱えられて歩くマルコに逃げ場はどこにも無かった。


「……あわれ不死鳥、見えない鎖ほど厄介なものは無い」


 出遅れたビスタが豊かな口ひげの先端を整えながら、羽根を垂れ下げてしょげ返ると言う、その実の存在ほど貴重なマルコの姿を笑顔で見送った。








2010/06/27

ついったリクエストシリーズ!!
最後は「エーマル前提愛されマルコ」でした!
たまには怒られるマルコもいいと思います。愛の鞭です。
多分エースに色々教えられる筈!ww
リクエストありがとうございました!超やる気出ました!!






texttop

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -