戦利品を担ぎ上げ、次々に四番隊の隊員達が寄せられた小舟へ降りて行く中、サーベルを腰に下げた男が散乱する空薬莢を今にも口笛を吹き出しそうな軽快な足取りで弾き飛ばし、誰も居なくなった船室へと足を踏み入れた。
 隊員達があらかた金目の物を運び出た後の船内は荒れ、刃の折れた刀や銃身の歪んだ使い物にならないピストルが靴跡の赤黒く残る床を飾っていた。
 この船の元の持ち主達は、余力の有る者は海へ飛び込み、僅かに息のある者は降伏して命を繋いだ。ここは今まさに抜け殻となった巣だ。
 その荒くれ共の夢を乗せた色気の無い巣の上で、サッチは箱が潰れて葉がはみ出した煙草を歪んだ唇に咥えた。半端に折れた煙草のもたらすニコチンは薄く、放置されたままの死体から立ち上る未だ新しい血の臭いの方が強く鼻腔をを刺激した。

「悪趣味だよい、サッチ」

 唐突に背中に投げられた言葉に驚く風もなく、サッチはゆっくりと振り返る。声の主は、僅かに青い炎を肩口に残し、幻の火の粉を散らして血に塗れた床を躊躇い無く踏みしめて距離を詰めた。

「皆船に乗ったか?」
「定員オーバーで小舟がもう一隻迎えに来るよい。置いて行かれたくなきゃとっとと甲板に出てろい」

 くいと頑強な顎をしゃくって見せたマルコの目には、サッチの行動を好ましく思っていないとはっきりと出ていた。
 死者と、敗者への冒涜。そんな甘っちょろい事を考えているわけではない。ただ抜け殻となった血塗れの空間に、一人きりで立っているサッチを見るのは不愉快だった。理由等無い。ただそう思うから、マルコは敢えて嫌悪感を示す。

「怒んなよ。帰るからさ」

 不味そうに一口だけ吸い込み、足下の血溜まりに煙草を落として火を踏み消す。サッチの靴の下から再び現れたそれは、赤黒く染まっていた。
 ニヤついたサッチのその頬には、僅かに銃弾の掠った赤い線が浮かんでいる。至近で撃たれたらしい傷の周囲は、熱傷で桃色に腫れていた。

「…マル、」

 大股で二歩。あっと言う間に眼前に迫ったマルコの呼吸を感じたと同時に、頬にぬるりと生暖かいものを感じた。舐められたのだと知覚したのと同時に、強く舌を押しつけられた傷が開き、治まっていた熱傷の痛みがジクジクと頬から口内へと響き出す。
 頬から離れたマルコが、見せつけるようにしてだらりと舌を垂らした。唾液で濡れたその粘膜の上に、僅かに赤い色が混ざっているのを見た途端、サッチはマルコの背を両手で抱き寄せていた。

「……っ、ん」

 赤い舌の表面をこそげとるように舐め、マルコの咥内の粘膜全てを奪い取る激しさで唾液を吸い取った。それは口づけとは呼べない程の乱暴さで、ようやく解放されたマルコの唇は赤く色づいて痛みを訴えていた。

「……痛ェよ、馬鹿サッチ」
「お前が舐めるからだ。欲情したらどうしてくれる」
「したのかい」
「させてくれんのか?」
「冗談じゃねぇよい」

 あれほど充満していた血の臭いは、マルコの匂いに完全に上書きされて殆ど感じない。
 腕の中に捕らえられたままのマルコが、ため息と深呼吸の狭間のような曖昧な呼気を吐き出した。

「……格好つけてこんな場所に好んで入るんじゃねぇよい」

 言葉の終わりと共に、マルコの口許が正に燃え上がった。赤く色づいていた筈の唇が覆い隠され、サッチはそれを残念だと思う。
 ふとマルコが顎を上げた。青い炎が目の端で揺れるのは、見慣れていたとしても酷く現実感のない、ふわふわとした幻影のように思える。
 柔らかい幻の炎が、頬の傷を隠すように触れた。再生の炎。けれどもサッチのその傷を癒すことは出来ない。
 身じろぎもしないサッチの頬に触れたまま、青い炎の中から聞き落としそうな程小さな声がした。

「マルコ」
「行くよい」

 咄嗟に伸ばされたサッチの手は、床を蹴ったマルコの居た場所で空を切った。来た時と同じように、大股でマルコが船室を出て行くその後を追う様に、後頭部を掻きながら口元を緩めたサッチが続く。


 ――てめぇは毎日楽しそうにヘラヘラ笑ってるのがお似合いだよい


 親兄弟も、誰も居ない他人の巣の中で自分の居場所を確認する馬鹿馬鹿しい行為。マルコはそれを心底否定する。
 くだらない、無意味だと。
 マルコの家族に対する愛は誰よりも強い。だからこそ誰かを失えば深く悲しみ、傷付く。

「おれは、マルコが笑ってりゃぁそれで良いんだよ」

 誰に聞こえる筈も無い言葉。だがそれで良い。
 格好付けて、隣にいる奴を慰める事が出来るなら、それで良い。

 船室から一歩体を乗り出せば、晴天に溶け込む空よりも眩しい青が雲のように尾を引いて飛び去って行くのが見えた。その姿を純粋に美しいと思う。

「……絶対言わねぇけどな!!」

 遠くに浮かぶ小舟に怒鳴りながら、サッチは空に向かって拳を突き上げた。
 自分を連れ戻しに来たくせに置いてきぼりにした愛しい家族が、青空の中で笑った気がした。

 


2010/06/27


ついったリクで、男前な4と1でした。男前なサッチを書き慣れていない感じが!!要練習です。
リクありがとうございましたvv






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