さざなみ




 弾薬の残量を二度聞き返し、黒い煤が付着したままの手からペンが床に転がり落ちたところでマルコの補佐を長年して来た古株の隊員が何度目か思い出せない注意を口にした。

「マルコ隊長、もうここは俺一人で大丈夫だって言ってるじゃねぇですか。もう一回敵襲なんてあったらいくら不死鳥といえども死んじまいますぜ」
「そんなに酷ェ面してるかい」
「二日寝てねぇって顔に書いてありまさぁ。これ以上働こうとすんならオヤジに直談判しますぜ」

 真顔になった隊員の本気に思わず頭に手をやれば、汗と埃と脂でねっとりと絡まる髪の感触がする。そしてまさに今、手の煤がそこに付着したと思われた。何十年も船に乗って、長く風呂に入れない事など慣れきってはいるが、船が港に着岸しているこの時だけはたっぷりと湯水を使う事が出来る、それはたまらない誘惑だった。

「……仕方ねぇから休むよい」
「あぶねぇから湯船にゃ浸かっちゃだめですぜ」
「誰かじゃあるまいし、大丈夫だよい」

 はしゃいで湯船で溺れた黒髪の少年と比べられ、マルコが眉間に皺を寄せたが古株の隊員は恐れはしない。マルコの足が浴室のある船倉へ向かうのをしっかりと確認し、隊員は残された仕事に戻った。




 自室に戻る途中に、汚れた服を浴室付近にいた見習いたちに投げ、上半身裸の誰かのような格好のマルコを見つけたサッチが寝酒に、と持ち歩いているウィスキーのボトルを投げて寄越して来た。ありがたくそれを煽り、最早何もかもが億劫になったマルコは下着一枚でベッドと仲良くなった。だが、予想していた眠気は小指の先程もやってこない。
 床でも木の上でも、たとえ何処であろうとも休めるのは海賊であるならば職業病のようなものだ。それが白いシーツの上で、安全な場所とわかっている所ならば何分もしないうちに眠れるのが当たり前だ。それが体も温まった今のような状態で眠れないとは。
(たかが300キロ飛んで馬鹿どもを蹴散らしただけで……おれも歳とったもんだよい)
 ごろりと寝返りを打っても、疲れ切った体とは逆にどんどん意識が冴えてくる。そして滞っている体の一部の状態を否応なく認識させた。疲労すると男なら誰しも起こる現象だが、それを解消する行為すら億劫だった。だがこのままで眠れるとも思えない。
 仕方なく、ごそりと下着の中に手を入れようとした時、部屋の前の廊下に続く船室のハッチが開く音が聞こえた。この窖の様な半地下の船室に入ってくる人間は緊急時を除いて一人しかしない。その男もまた、マルコと同様疲れ切っている筈だ。


 海軍も見捨てた小さな島は、観光資源もこれといった特産品も無く、只々だだっ広い草原と僅かな畑があるだけだった。ただその島にも海賊からもたらされる被害は多く、島民たちは自衛のために武器を仕入れるルートを手に入れた。白ひげはふらりと立ち寄った此の島を隠された補給地にする代わりに、島の港に自らのジョリー・ロジャーを掲げたのだ。
 島の海域に差し掛かった時に入った通信は、この島からの救援信号だった。島の代表から入った伝電虫の念波は故意か事故か不明のまま途切れ、先行して偵察に飛んだマルコの目に飛び込んだものは既に炎上している港町だった。金銭的な潤いの少ないこの島で港を燃やされれば、復旧にどれほどの時間がかかるか予測もつかない。それは白ひげ海賊団を安定させる重要な補給地が一つ失われることを意味していた。
 敵の数はざっと見ても200。既に島の内部に上陸している可能性を考えれば更に数は増すだろう。マルコの後に続き、エースがストライカーで出た事を考えれば、広範囲攻撃の出来るエースが到着するまでおよそ一時間のロスがある。モビーの到着までは更に一時間。
 上空を緩やかに旋回するマルコの視界に、隠し倉庫がある建物の扉を打ち壊そうとする集団が飛び込んだ。空を舞う不思議な鳥の姿を発見した敵がマルコを見上げながら何かを叫び出す。状況を確認した不死鳥は、眠たげな瞼を眇めて細く鋭く息を吐いた。
 先陣を切って飛び込む役回りは、とっくの昔に若手に役目を明け渡しているのに、と。

 
 ――細い廊下に響く足音が、エースの部屋の前でピタリと止まった。直ぐに自分の部屋に入らないその様子に、マルコはエースの状態が手に取るようにわかってしまう。
 不自然なまでの静寂の後、ようやくエースが自分の部屋に入った気配と扉の閉まる音がした。それに安堵と舌打ちをしたい気分が同時に沸き上がり、マルコは自嘲するように寝返りをうった。
 自慰をする気も削がれ、せめて目を閉じて横になっていようと布団をかぶり直してしばらくすると、ようやくゆるやかに眠気の漣がやって来た気がした。
 だかあと少しで眠りの扉を超えられる気がしたその時、タイミングを見計らった様な遠慮の欠片もないノイズがマルコの耳に飛び込んだ。
 開け放たれた扉が壁にぶつかって跳ね返り、硬いブーツの底がドスドスと音を殺しもせずに迫ってくる。それがマルコの部屋の前で一瞬止まって躊躇うのだから、最早呆れるしか無かった。

「マルコ!!起こしてごめんなさい!!」

 自棄糞のような謝罪と同時に扉が開かれ、寝返りを打って扉を向いたマルコの視界に飛び込んだのは、やはりエースだった。

「……寝てた……?」
「寝てた以外に何かやってるように見えるのかよい」

 半ば眠りに落ちかけていたマルコの瞼は本当に今まで眠っていたかのように重く不機嫌そうで、意図的だとしか思えない騒音を立てた張本人は気まずそうに目を逸らして片足のつま先で床を蹴ってみせた。

「シーツ、そう、一番隊の新入りがマルコにシーツ届けるっていうから……ついでにおれが持ってきた」
「人が寝てるのを叩き起してシーツ交換たぁどこの安宿の婆さんだよい」
「だってさぁ、その……マルコ、わかって言ってるだろ」
「さぁな」

 まさに言い訳のネタとして持たれていたシーツは畳まれた机に引っ掛けられ、エースの後ろであまり使われることの無い錠が降りる音がした。
 目的は聞かなくてもあからさまに分かる。それは横になったままのマルコの顔の横に置かれた手からも如実に伝わってきた。

「エース、手が生臭ぇ」
「う……ちゃんと拭いたんだぜ?一応、我慢しようと思ったんだけどさ……ぅぐ」

 近づいてきたエースの顎がマルコの手によって遮られる。口づけを拒否されてエースが一瞬眉根を寄せるも、すぐに身を引いて今度は胸の中央に鼻を寄せるようにして吸い付いて来た。
 チリと体の奥が焦げたような感覚にマルコは殊更不機嫌を装う。耳の裏で警鐘が鳴っている。今日ばかりは、このままエースを許してしまうことに危機感を抱き、後頭部の髪を引っ掴んで引離す。

「もう二発でも三発でも自分で抜けよい。おれが疲れてんのがわからねぇのかい」
「マルコが一人で先に暴れたからだろ」
「てめぇが来るの待ってたら弾薬全部持って行かれてただろうよい。しかも誰かが敵船の武器庫まで燃やしてくれたおかげで奪われた被害分の算出にも余計な手間とらせやがって」
「それは、ちょっと反省してるけど」
「ちょっとだぁ?」
「……反省してるよ」

 髪を解放されたエースの頭がマルコの胸の上に力無く落ちた。けれど精臭の残るその手は反省の欠片も見えない動きで裸の背から腰を撫でさすっていて、マルコの太腿を跨いで馬乗りになっているので、布越しに押し付けられた性器の感触がリアルに伝わってくる。抜いてきたばかりでこれかと半ば呆れて胸の上に転がっている頭を掌で叩いた。

「痛ェよ」
「どけ」
「退きたくない。ほら、マルコも固くなってきたじゃん……」

 再び同じ場所を叩かれてもエースは一向にメゲない。そして無駄な抵抗をするのも段々馬鹿らしくなって来た。ベッドから蹴り落とすことも追い返すこともしない、これではまるで恋人同士のじゃれあいのようだ。

「……疲れてんだよい」
「うん、マルコは動かなくていいから」

 繰り返される言葉に、全くわかっていないエースが布団を足蹴にしてベッドの隅に押しやり、ベルトもかかっていない自分のズボンをマルコの腰の上に乗ったまま器用にずらして下着ごと床に放り投げた。すぐにマルコの下着にも手が伸び、動こうともしないその尻を持ち上げて一気に取り去ってしまう。
 マルコは外気とエースの視線に晒されたそこに目を向ける事もなく、やはり舌打ちしたいような気持ちで低い天井を見上た。

「中ぁ洗ってねぇぞ」
「平気、ゴム使うし」

 そう言って勝手に小物入れから性具を漁る。潤滑剤の量や、残りの避妊具の数まで把握され、島に付く度に補充されるそれはもう全てエースが購入したものになっていた。
 最初に拒否された所からやり直すつもりなのか、枕元にそれらをばら蒔いたエースが再び覆い被さって来た。鼻が慣れたのか、もう精の臭いはしない。代りに僅かな汗と、覚えてしまったエースの体臭がした。
 上唇を食まれ、唇同士を擦りあうようにして何度も押し付けられた。開かされた隙間から舌が忍び込み、上唇の裏を舐める。合図のように前歯を舌で持ち上げられ、マルコの口内深く伸ばされた粘膜が唾液を乗せて絡められた。僅かにエースの舌が強張った気がした。けれどそれは直ぐに柔軟に解れ、呼吸を難しくさせるような激しいものに変わった。
 喉に届きそうなほど舌を入れられてマルコが首を振って抵抗するも、エースは執拗にキスをやめようとしなかった。
 ようやくエースが離れたときにはお互い水を零したように顎まで唾液が滴り、糸を引くような状態を通り越していた。

「っ……はエース、しつけぇ」
「だって……、マルコ、酒臭かった」
「あぁ?」

 たしかに寝酒は飲んだが酒臭いと言われるほど飲んではいない。唾液で薄められまくった舌の上はアルコールの匂いも感じることは出来なかった。

「臭い。サッチの酒の臭いがした」

 ベッドの下にはたしかにサッチの錫のウィスキーボトルが置いてある。中身は確かにエースが一度飲んだ切り飲まなくなった、クセの強いものだ。サッチはこの銘柄を昔から愛飲している。
 濡れそぼったエースの唇がマルコの喉から下に向け、軽く歯を当てながら降りて行く。皮膚の感度を呼び起こすように脇腹や柔らかい内腿を刺激するやり方は、マルコを抱き始めたエースが少し余裕を持ち出した頃にようやくマルコの快楽のために気遣い始めた行為だった。
 エースの手が肌の上を滑る度に、体の芯が粟立つような酷く追い詰められた気持ちになる。このままここに体を横たえているのは酷く危険な事だとマルコの経験が告げている。けれどいつだって、心と体は反発し合い、手を握る事は無かった。
 ほら今だって。臍に舌を突っ込みながら自分の年齢の二倍近く上の男の性器を弄ぶような不埒な少年を跳ね除けようと考えるだけで、実際にはベッドに縫いつけられたようにマルコの体は動かない。
 その舌が、硬度をもって来たマルコの性器の先端に触れた時、ようやくエースと目が合った。雀斑の浮いた日に焼けた皮膚の中の真っ黒い瞳。薄目の唇から覗く赤い舌が、自分の快楽のためにそこを音を立てて舐めしゃぶる卑猥な光景に、自覚しつつ忘れようとした欲望が一点に集まって行った。

「……は、すげ、マルコ。いつもよりでかいし硬い。溜まってたろ」
「うるせぇよい。とっとと出して、……寝かせてくれ」

 懇願するような声音を出してしまったのは、無意識だった。無理を言っていると理解だけはしているエースが、避妊具の封を二つまとめて切った。
 てっきりエースが使うと思ったそれは反応しきったマルコのものに被せられ、潤滑剤に指を濡らすエースに思わず疑問の目を向けた。

「これしとけば、シーツ替えなくても直ぐ寝られるだろ。今日のマルコは絶対に沢山零すと思うからさ……だってほら」
「っ……あっ」

 自分が漏らした声にマルコははっとして口を引き結んだ。一気に二本、指を挿入されただけ。これほどの事で声を漏らすなんて滅多に無い。けれどエースの指の温度を感じているそこは既に受け入れが整っているように柔らかく解れ、食い締めた異物をもっと欲しがるようにキュウっと奥へと誘うように蠢いた。

「わかった?すっげぇエロい動き。絶対今日は死ぬほど気持ちイイよ。……動かなくていいからさ、マルコ……」
「んっ!あぅ……ッ」

 左膝を抱え上げられ、強制的に浮かされた尻の間でエースの指が気泡の弾ける音を立てさせながら早いスピードで抽送される。

 だから、おれの好きにさせてね?

 再び口を塞がれ、いつもなら抗議するような乱暴な解し方に抵抗もせずにされるがままになっているマルコに、エースがキスをしたまま笑った気がした。
 引き抜かれた指がそのまま入り口をなぞるようにヌルヌルと円を描き、それを捕まえようとするかのように括約筋が勝手に収縮を始める。顔に血が登りそうな自分の体の動きに、マルコは思わず投げ出したままの手でシーツを握りしめた。
 エースの触った皮膚の下からちいさな気泡がぷちぷちと弾け飛んで行く。この感覚に、覚えが有り過ぎた。錯覚だとわかるし、それが一時的なものだと言うことも知っている。そして悪いのはエースではない。エースの存在を跳ね除けることをしなかった自分が、全て。

「もう十分っぽいな。二本しか入れてないけどいけるよね」

 腰の下に枕を詰め込まれ、両足を抱えたエースが尻の間に自分の性器を擦りつけてぬめりを広げている。体中が、酷く疲れていた。まるで海に浸かってしまったような不快感だ。
 気がつけばマルコはエースをじっと見つめていた。目的も何も見えない、ただ目の前の少年を見ていた。
 それに気がついたエースが、掬った膝の裏をくすぐるようにして指先を遊ばせながらマルコの頑強な顎に歯を立てる。ジャリジャリと硬い音を立てながら顎鬚ごとそこを舐め、ふわりと唇の上に辿り着いた。
 入れるね、と小さくエースが呟く。
 内臓が裂けんばかりの圧迫感と熱に顎がのけぞり、咄嗟にマルコはエースの頭を抱え込んだ。

「ああアッア――――ぅ……ン――ッ!!!!」
 
 自分の口の中で叫んだマルコに焦ったようにエースがその両頬を捉えた。嫌がるその顔を無理矢理正面に向けさせれば、顔中真っ赤になったマルコの唇は…唇と言わず体中が瘧のように痙攣し、細い瞳には涙の層が積もっていた。
 硬度を失って足の間で揺れるマルコの性器は弾けた様子も無く、避妊具の先端には何も溜まって居ない。

「……もしかして、イッた?マルコ…」
「触るな、……」

 首筋を触られるのも苦痛らしいマルコが初めての逃げを打った。だが腰を捉えて最奥まで繋がった性器を揺すれば、瞬く間に体は芯を失ったように崩れてしまう。
 知識として知っていた射精以外の絶頂を目の当たりにして、エースは乾いてしまった唇を何度も舐めた。

「こんなエロい顔隠してたとか、酷いよマルコ」
「エース、止め……ぎっ」

 食い縛った歯の隙間から可笑しな悲鳴が漏れる。けれどもエースは、深く繋がったそこを蹂躙するのを止めようとはしない。

「まだ、隠してる」
「…………はっ……何…」

 ずるずると抜ける寸前まで楔を引き出され、またゆっくりと押し戻されて宙ぶらりんだったマルコのつま先が折れそうなほど曲げられた。
 再び根元まで押し込められたエースの性器が、その先を促すように鋭く一度打ち込まれ、マルコがまた小さく声をあげた。

「もっと奥、入れさせてくれよ」
「も、入ってるだろい……」
「……入れられるよな?マルコ」

 無防備な尻に、エースの掌が音を立てて落とされた。痛みと衝撃にエースを強く食い締めてしまったマルコがのけぞり、続けざまに三度同じ部分を叩かれる。
 熱を持ったそこから、何かの毒が全身を巡る気がした。エースの腕を掴もうとした手に、まるで力を込めることが出来ない。

「エース、も……」
「マルコ、どうすればいい?」

 こんな事をしでかしておきながら、エースはマルコの頬を優しく包んで首を傾げて見せた。叩かれた尻の痛みが痺れに変わり、今ではマルコの中はエースのものに浮き出る血管の位置すら分かりそうなほど隙間なく絡み付いていた。

「声が……外に」
「わかった」

 頷いたエースが椅子にかけてあったマルコのサッシュをずるりと引き寄せた。この部屋が半地下とはいえ、通気口も窓もある。深夜にもかかっていない甲板に、誰が通りかかるかはわかったものではない。
 抑えられなかった声をエースの口に吸い込ませたマルコを思い出し、サッシュの中央に作った瘤を噛ませてその上から二重に布を巻きつけた。

「これで声、漏れないだろ?」
「――――」

 繋がったまま上体を起こされ、サッシュの奥で潰れたマルコの悲鳴が上がる。涙目のその顔にキス出来ないはとても残念だった。かわりに目の前にある乳首に舌を這わせると、体を捩らせて嫌がるのを口に含んだ乳首に歯を立てて制止した。

「――ぅっ、んぅっ!」
「早く、マルコ。おれもちょっと限界なんだ」

 自分勝手な言い草にマルコの眦がきつく上がるが、涙が滲んだそれにはいつもの威厳も威圧感も全く無い。
 エースに腰を持ち上げられて、マルコの中から楔がカリ首だけを体内に残してずるずると抜けて行く。完全に力の入らなくなったマルコの腕が、縋るようにエースの首に回された。

「下ろせば、いい?」
「――……」

 全てを諦めたように小さく頷いたマルコの硬い下腹が力を込められて窪む。繋がったままの性器が押し出されそうな圧迫感の中、エースがゆっくりと繋がりを深め……一気に手を離した。

「――――――――!!!!!」
「うっ、…………!!」

 がくりと後ろに仰け反ったマルコを支えたエースも声を上げずにはいられなかった。
 マルコの中でカリ首が鬱血しそうな程の力で食い絞められ、そのまま中から何かが掴んで吸引しているんではないかと思うほどに何度も何度も千切れそうなほどに吸い上げられた。
 
「マルコ……おい、平気なのか?」

 抱き寄せて覗き込んだマルコの瞳は既に焦点が定まっておらず、口を塞がれているせいで紅潮した頬は涙と洟で濡れていた。
 体勢が変わったせいで結合部が動き、今までエースが聞いたことも無いような鼻にかかった甘い声が耳元に流れ込む。
 腰を揺すれば、覚束ない手つきでエースの背中に大きな手が回されて来た。

「……マルコ、気持ちイイ?」

 かくりとマルコの首が落ちるように動いた。こんな状態を見せることを恥と思う気持ちも僅かにある。けれどもそれ以上に、このままどうにでもなれという諦観の感情が疲労し切った体を支配していた。
 ゆっくりと力の抜けたマルコの背を壁に押し付けるようにしてエースが腰を使い始めると、喘鳴のような声がサッシュの奥から絶え間なく零れた。口を塞いでいなければ、たしかに上まで聞こえるような大声を出していたに違いない。
 一度射精しておいて良かったと、エースは心から思った。
 エースの首にまわされていた手が、次第にそれすらも出来なくなったようにだらりと体の横に落ちた。時折体を仰け反らせるようにして声を上げるのは、何度も軽い絶頂に襲われているのだと内部の締め付けでわかる。
 一際強く突き上げられて、堪えきれないようにマルコがまた叫んだ。滲むのではなく、最早大粒になってしまった涙を流しながら首を弱々しく振るそれは、マルコに限界が近づいていることを示していた。
 避妊具をかぶせられたままの性器に伸ばされた指をエースに阻害され、訴えるように青い瞳がエースを見上げた。中だけでイき続けるのがもう辛い。
 質量の足りない性器に緩んだゴムの隙間から、透明なカウパーがマルコの淡い色の恥毛をしとどに濡らすほどに零れている。

「マルコ……もう終わりたい?」
「……」

 元から限界だったマルコの意識が飛び始め、エースは力無いマルコの指先を掴んで唾液を含ませた。それを尖り切った乳首に触れさせ、ぐっと押し潰すようにするとマルコの瞳にまた艶が滲んだ。

「自分で触って。そしたら、ここ、触ってあげる」

 柔らかさを残す性器にゴム越しに触れると、期待するようにまた甘い声が上がる。促されるままにマルコは乳首を指先で転がし、その小さな先端に爪を立てた。

「そういう触り方好きなんだ……覚えとこ」
「っ――んっ、ふぅ……ンッ」

 性器を扱きあげながら同時に腰を突き上げると、倒錯したように涙を零しながらマルコが喘ぐ。お互いの息は直ぐに激しくなり、マルコは酸欠に喘ぐ魚のように体を一際強く強ばらせた。
 一番奥に。エースが望んだその場所に、欲望にまみれた体液を吐き出す。あまりの長い絶頂感に、エースの背筋全てに鳥肌が立った。

「っ……はっ、はぁっ……」

 荒い息を吐くエースの胸に、完全に意識を失ったマルコがぐったりと崩れ落ちた。慌ててマルコの中から楔を抜くと、一度出したとは思えないほどの量がゴムの先端に溜まっていた。
 徐々に冷静になって行く意識の中で、マルコが苦しそうに呻き、慌てて口のサッシュを取り除いた。
 唾液と洟と涙にまみれたサッシュは一度洗わなければとてもじゃないが使える代物ではなくなっていて、これを正気に戻ったマルコが見ればとてもじゃないが五体満足でいられる可能性を見つけられなかった。
(でも――……やばい、思い出したらまた立ちそう……)
 あのマルコが。あのマルコがだ。おかしな起動スイッチが入ったように泣きながらエースに縋りついた姿を思い出してしまい、マルコと自分に使った避妊具をゴミ箱に放り投げながらエースは今更ながら顔が赤くなって来た。
 疲れ過ぎて溜まってたのかな、とピクリともしない濡れた顔を見ながら、乾かないうちに水差しの中身で汚れていないサッシュの端を濡らしてマルコの体を拭いてみた。
 思えば抱かれた後もいつもマルコには余裕が残っていて、こうやって完全に疲れ切って無防備に眠っている姿を見た事は一度も無い。
 目の下には薄い皺と隈が浮かんでいて、どこからどうみても男が欲望の対象にするような人間では無いと思う。それなのにこうして、つい動かないその厚めな唇を触ってしまうのはどうしてなんだろうと考える。
(考えたって、仕様が無い。――けど、なんでだろう――)
 マルコの唇から、サッチの好きな酒の臭いがした。同じ船に乗り、同じ酒を呑む機会等いくらでもある。わかっているのに、何故かそれを不愉快に思った。
 眠りが浅いのか、マルコが苦しげに寝返りをうつ。目の前に、まだ濡れている赤い肉が見え、そこの中がどれほどの快楽を感じる事が出来たかをエースは鮮明に思い出してしまった。
 ずきりと下半身に痛みのような衝撃が走る。思えばマルコの姿態を見るのに夢中になり、中で一度しか出していない。マルコの機嫌にもよるが、最低一度に三回はしていたのでやり足りないのは当たり前だった。
 だが、それは人としていいのだろうかとマルコの尻を目の前に、エースはかなり真剣に悩んだ。
 そして意識の無いマルコにそっと頭を下げ、エースが床に落とされていたそれを摘まみ上げる。
 犯罪的な挿入は、罪の香りの分だけ甘く思えた。








 翌日、陽の差し込む角度と時計を交互に見てマルコは唖然とした。もうとっくに朝食の時間すら終わっている午前九時。何度見ても時計の秒針は動いている。
 昨日何時に寝入ってしまったのかはわからないが、十二時間は眠ってしまった計算になる。おまけに頭はスッキリしているが、体はベッドに貼り付いていつかの様に重い。
 体を確認すれば、全裸であるが汚れは無く、エースが拭いてくれたのかと思うともう一度頭から布団を被ってしまいたくなった。目の前の折りたたみの机には、昨日の事が嘘ではない証拠に洗い替えのシーツが引っ掛けられている。
 ノロノロと服を着て、古くなってあまり使わなくなったサッシュを引っ張り出して腹に巻きつけ、眩しい太陽を鬱陶しく思いながら船室から這い出れば、着港中の名物にもなっている洗濯物の山がひらひらと大量にはためいていた。
 そこに自分のサッシュも見つけてしまい、マルコは頭を抱えたくなるのを懸命に堪えた。

「マルコ隊長!しっかり休めましたかね。顔色もよくなってますな」
「ああ、むしろ寝すぎたよい。朝飯も食い逃したなぁ」
「今なら四番隊の夜番がメシ食ってるはずでさぁ。何かいいつければいいですよ」
「そうするよい」

 マルコの手にあるウィスキーボトルを見て、昨日マルコを脅したクルーが豪快に歯を見せて笑った。
 

 食堂に居たサッチにボトルを投げ返すと、マルコの目の前には美しく計算されて適当に盛られた朝食が置かれた。それより何よりグラスに注がれた水から目が離せず、真っ先にそれを飲み干したマルコにサッチは何も言わずに水を注ぎ足した。

「あんまり減ってねぇな、これ」
「ストレートで飲むにはクセが強すぎんだよい」
「うめぇのに」

 そう言って、サッチがボトルの口を開いて一口それを含んだ。
 独特の香りが広がり、「お、間接キス」などと嘯く傷面を無視してマルコは空っぽの胃に黙々と食べ物を詰め込む。
 昨日の出来事のきっかけになった錫のボトルは、サッチの服の中に仕舞い込まれた。

 あれはエースが自分で洗ったのだろう。風に靡いていたサッシュの思い出し、諦念の思いを抱えながらもう一度水を飲み干した。 
 ただ、床に落ちていた三つ目のゴムの説明だけは、きっちりと口を割らせてやる。
 爽やかな朝の食事風景の中、禍々しく漏れる覇気に不運な通りすがりの隊員たちが20名程気を失った。





 



2010/06/13

 
なぜバレた!!とか多分言っちゃいそうな馬鹿エース。
ちょっとマルコがエース好きすぎるかなと思いつつ、乙女チックが止まらなかった。乙女チック二段締め。 
どうしてもお口を塞ぎたかっただけなのに、またえらい長さになりました。大変に疲れたので次はリリカルにしたい。
……で、このサイトにリリカルな話ってあったっけ。






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