幸運の羽根




 ふわりと落ちてきたその何かは、エースの足元に辿り着く前に幻のように消えてしまった。周囲を見回しても落ちているのは演習用の薬莢殻から零れた火薬ぐらいで、掃除が大変だなぁと関係のない事を考え始めてようやくはっと空を見上げた。
(――尻尾?)
 尻尾。確かに尻尾だ。尻尾というよりも、尾羽。しかも青く幻想的に輝く長く美しい尾羽。それがメインマストに設置された見張り台の更に上、この船の一番高い場所でゆらゆらと風に吹かれていた。
 ふわり。また何かが舞い落ちてきた。今度こそ、それが何かがエースにはわかった。

「お、幸運の不死鳥の羽根!エース、掴めるとご利益があるそうだぜ」
「掴むも何も、消えてるじゃねぇか」
「だからこそだ。途中までは実体だからな、不可能じゃないぜ?ただそれやるとあいつ、えれぇ不機嫌になるんだがな」

 エースに白い歯を見せて、サッチが青い羽根に手を伸ばすもそれは幻の炎と化して空気に紛れて消えてしまった。
 不機嫌になると言う事は、何か能力的な枷でもあるのだろうかと空の青色に溶け込んだマルコをもう一度仰ぎ見る。けれどもマルコが不死鳥に変化した際に何度もその体に触れていたし、嫌がられた記憶はない。それが人目を厭うようにあんな場所で何をしているのかが気になってしまった。

「ワノ国のお伽話でこういうのがあるぞ。親切な男に助けられた鳥が美女に化けて男に押しかけ、決して自分の姿を見てはならぬと約束させて、夜な夜な自らの羽根で反物をこしらえて貢ぐんだ」
「それ話が違わねぇか?」
「間違っちゃいねぇよ」

 着物の袖にに襷をかけ、勇ましくモップを担いだイゾウがバケツをサッチに有無を言わさず押し付けた。今回の演習後の掃除担当をサボっていたサッチがうへぇと顔を歪めながらそれを受け取った。隊長といえども、大規模な演習後の掃除からは逃れられないのが決め事だ。

「その約束破るとどうなるんだ?」
「美女は鳥の姿に戻り、泣きながら約束を破った男を詰って飛び去る。男は美女との生活と楽して暮らせた毎日を失う」
「なんだか酷い話だなぁ。……で、おれがマルコの姿を見たらマルコが泣きながら飛んでいっちまうのか?」

 そんな馬鹿なともう一度空を見れば、相変わらず幻の鳥は同じ場所に居た。ただマルコはじっとしているわけではないらしく、時折尾羽根がマストの影に入って見えなくなり、しばらくしたらまた風に揺れだしたりと妙に忙しない。

「泣きゃぁしねぇだろうが、嫌な顔はするだろうな」
「そんなに見られるのが嫌な事なのか?」

 マルコがそんなに嫌がる事ならば、気にはなるが好奇心を胸にしまいこむ事も出来た。けれどもイゾウとサッチが顔を見合わせてゲラゲラ笑うものだから。

「別におれ、マルコを助けてないからその話全く関係ねぇじゃん。やっぱ見に行く」
「おいおい、蹴り落とされるぞ」
「慣れてる」

 言葉も終わらぬうちにエースが全身をバネにしてメインマストの梯子を軽々と数段飛ばしで登って行ったのを見送り、残されたイゾウとサッチは笑いながら掃除を始めた連中に頭上注意を言い渡した。


「エース隊長、何かあったんで?」
「いや、上に用があるんだ。気にすんな」

 見張り役たちが飛び込んできたエースに驚いたのを制し、近くなってきたマルコを見上げた。何をしているのかは知らないが、一応声をかければ平気だろう。

「マールコー!そっちいくからな!」
「わ、エース隊長駄目ですよ邪魔しちゃ」
「邪魔ぁ?」

 首を傾げつつも器用にロープを伝ってマストを登るエースの動きは止まらない。
 長い尾羽根が顔に触れる位置までやって来たエースに、ようやく不死鳥の細い目が向けられた。

「何の用だい」
「マルコが男に貢ぐ反物を作ってるって言うから気になって見に来た」
「……」

 更に細められた瞳が「何の事だ」と言っていたが、自分だって何のことだかわからない。ただ、マルコはいつも獣化を直ぐに解いてしまうので、こうやって完全な不死鳥の状態をじっくり見る機会は滅多に無く、太いマストロープに手をかけたエースは片手で体を持ち上げてマルコの横に並んだ。

「何を吹き込まれたのかは知らねぇが見物されるほど珍しい事ァしてねぇよい。ヒマなら掃除でも手伝ってこい」
「やだよ、おれ当番じゃねぇもん。マルコだって何もしてねぇんなら手伝えよ」
「嫌なこった。せっかくゆっくり……」

 細い嘴がパクリと閉じられ、やっぱり何かしてたんじゃないかとエースが更にマルコににじり寄った。

「おれが邪魔?見られると出来ないような事やってたのかよ」
「んな事じゃねぇよい。頼むから放っておいてくれ、エース」

 そう言ってマルコは、なんだかむず痒そうに体を捩らせた。マルコがエースにこうして早々に折れて下手に出ることも稀有な事だ。エースが迷っていると、不死鳥のままのマルコの顔が段々と険悪に変わっていくのが見えた。あ、蹴り飛ばされるのかなとエースは身構えたがマルコが人型に戻ることは無く、嘴が慌てた様に広げられた風切羽の付け根に押し付けられた。
 ぷつり。細い木の枝が折れるような音が聞こえ、翼の下から現れたマルコの嘴には長く見事な風切羽が一枚咥えられていた。

「……すげぇ、綺麗だ!」

 伸ばされたエースの手の平に、不本意気なマルコがぽとりとそれを落とした。僅かに青い炎を纏ったそれは、神秘的に輝いている。

「幸運の不死鳥の羽根、掴めちまった」

 得意げに笑うエースを横目に、諦めたようにマルコが片翼を広げたそこにはあっという間に次の風切羽が生え揃い、エースの手の上にあった羽根は、マストの下で見たように青く燃えて消え去ってしまた。

「えーと……換羽期ってやつだっけ?」
「似たようなもんだよい。本物の不死鳥は一度燃え尽きて灰から再生するらしいが、伝説だしな。おれぁ人間だからかどうかは知らねぇが年に何回かはこんな時期が……」

 嫌そうに身動ぎするマルコに、今度こそエースには理由がわかってしまった。

「おい」
「ここだろ?確かに嘴届かねぇもんなぁ。大変だな、不死鳥ってのも」

 青く燃える細い首の後ろや嘴の脇にエースが躊躇い無く触れてそこを撫でるように掻くと、徐々に力の入っていた首がふにゃりと下に垂れてきて、はっとしたようにまた頭を持ち上げられる。

「遠慮すんなよ、気持ちイイの好きだろマルコ」
「後で蹴り飛ばすぞ」
「今じゃないんだ」
「………………」

 ロープの上をいざり寄ったエースは、円形のマストの天辺にマルコを抱えて座り込んでしまった。エースの指が通過する度に、小さな羽毛がほろほろと舞い落ちては青く燃えて消えて行く。

「……"動物系"の本能を制御するのは、酷く疲れるんだよい。こんな格好を見せてサッチたちに笑われるのはごめんだい」
「ははは、だからこんな所なんだ。部屋に戻れば見られないのに」
「…………痒くて我慢出来なかったんだよい」

 むっと目を細めるマルコに、その後ろを撫でる指を止めずにエースがケタケタと笑い声をあげた。確かにマルコは戦闘演習中に獣化して、そのまま5番隊を蹴り散らして飛んで行ったままだったのを思い出した。
 その"本能的"な姿の不死鳥は、だらしないとも言える脱力具合でエースの腹に凭れかかって目を閉じてしまった。

「マルコの羽毛じゃ反物作るヒマもなく消えちまうなぁ」
「何の話か知らねぇが、幸運を呼ぶんなら大サービスだろい」
「ほんとだ、おれ不死鳥の羽根に触りまくってる」
「感謝しろよい」
「なんだそりゃ、おれが礼言わなきゃいけねぇの?」

 軽口を叩きながらも、こんなにマルコが無防備に触らせてくれる機会等滅多にないと思うエースは丁寧に不死鳥の体を撫でる。翼の部分は人の手では痛むので触れるなと叱られたので、専ら背中と首から上を。
 うっとりとエースの手に顔を押し付けるようにして来るマルコを見るのは、本当に幸せが降ってきた様に思う。

「……なぁマルコ、人型に」
「ならねぇぞ」
「だよね……」

 大の男が二人で狭いマストの柱の上で膝抱っこという姿を思い浮かべ、ジロリと睨まれたエースが流石に苦笑して見せた。表情は判別出来ないが、真っ直ぐな嘴の先端までを撫でられたマルコが少しだけ笑った様に見えた。
 幸運を呼ぶ不死鳥の羽根は、だんだんと舞い落ちる数を減らし、やがてその全ては生まれ変わった。
 嘴を支え、その付け根にキスをしたエースがマルコの面影を残す不死鳥の瞼を指先で辿る。そのまま指はゆっくりと皮膚の表面を押すようにして、羽毛に埋れたマルコの耳を探し出した。人型の時のマルコのそこは、知られてしまった弱点だ。そこを探られれば、思わず細く息を吐いて刺激された瞼を閉じずにはいられなかった。

「……なんか、この状態のマルコでも物凄くエロく見えるのはおれ、何かを超越しちゃったのかな」






 メインマストの天辺から赤い放物線が描かれるのを、掃除中の隊員たちが大爆笑で指差した。甲板に激突した炎の塊に、船大工が青筋を立てて怒鳴っている。

「あーあー、泣きながら蹴り落としたか」
「まぁ恩は受けていないから当然だな。しかしマルコの物とわかっていてもちょっとしたイベントだったな」

 舞い落ちる不死鳥の羽根を初めて掴めたイゾウと甲板上のクルーは、面倒な掃除中のアクシデントを楽しめた、どうやら覇気まで込められたらしい鼻血を出しながら蹲るエースの肩を次々に叩いて行った。

「その後、幸運の不死鳥の羽根を触り過ぎた男は、ご利益が一周りして人型のマルコに当分触らせて貰えなくなったそうだ。めでたしめでたし」
「……サッ……チ……!!」

 掃除を終えた甲板に真新しい火の粉が飛び散るのを横目に、妙にスッキリした表情のマルコが自分の仕事に戻って行った……とさ。







2010/06/06


めでたしめでたし。
……でいいのかなwwwwwwwww

ついったで◯×鳥マルコに萌え過ぎて書いてしまった代物。
鳥って首の回りは触らせてくれるけど、風切羽や重要な部分は触ると怒るんだよね(うちのインコと昔関わっていた猛禽類知識)

あ、どなたかシリーズで書きませんかね?
光の速さで読みに伺うんですが……ハフハフ(*´Д`*)




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