炭酸水




 辺り一面、酔いつぶれた男たちが屍の様に転がっている。
 甲板にへばり付くように俯せに潰れているエースの体には、元スペード海賊団のジョリー・ロジャーだったマークを付けたテンガロンハットの隊員が、笑いながら上着を掛けていた。

「馴染んだなぁ」
「そうだな」

 散々騒ぎ、流石に少しだけ足どりが怪しいサッチが船端で酔いを醒ましているマルコの元へ歩み寄り、どかりと腰を下ろした。

「それ、何だ?」
「ただの炭酸水だよい」
「くれ」

 差し出された瓶を、マルコの手ごと掴んだサッチが一気にそれを呷る。

「やっべぇ、涙出る」
「一気に飲む奴があるかい」

 まだ抜けきっていない炭酸に、サッチは豪快に息を吐き出して滲んだ目元を親指で拭った。
 唇から零れた水は、顎鬚を伝って喉を濡らしている。

「エースじゃあるまいし、もっと上手く飲めよい」
「ん」

 袖で炭酸水だったものを拭ったサッチが、瓶をマルコに押し戻した。
 マルコの手を、握ったままで。

「サッチ、飲みにくい」
「いいじゃねぇか。上手に飲めよ」

 言い返されて、僅かに眉を寄せたマルコがその手ごと瓶を傾けた。僅かにサッチの愛好している煙草の香りが漂う炭酸水が、マルコの喉を押し開けて落ちて行く。
 炭酸水はマルコの唇だけを濡らして、瓶の中から全て消えた。

「久々に飲むとなんだか美味いな」
「そうかよい」

 唇を舐める赤い舌。
 サッチは凭れかかっていたスターボートの窪みにマルコの体を隠すように移動した。
 炭酸の刺激の残る舌で、マルコの唾液を拭うように下唇を舐めた。そのまま目的の物を捕獲するべく密着させた上唇と下唇を開くように促すと、前歯の隙間から口内へ侵入する事を許可された。
 舌先で舌先に触れる。甘さを感じるというその部位は、やはり一番甘い気がする。滑らかな感触の側面を辿り、舌の中央に舌を押し付ける。そこはサッチと同じように、煙草の苦さを少し感じた。舌を全て舐め終わると、頬の内側、歯の裏側と一つずつ確認するようにサッチの舌が移動する。最後に残したのは、口蓋。ここだけは、力を込めた舌先で削り取るように強く舐めた。
 空き瓶を持ったままのマルコの手に力がこもる。
 強弱を付けてそこを刺激すると、頬にかかるマルコの息が僅かに乱れ始めた。炭酸水で下がった口内の温度が、熱いほどのものに変わって行く。
 マルコが小さく首を捩ったのにあわせて、サッチはようやくその舌をマルコの口の中から抜き、伸びた唾液の糸を最後にペロリと舐め取った。

「やっぱり、美味いわ」
「……久々だからだろい」

 ガラス瓶は、マルコの体温を吸い取って温くなっていた。
 離したいと思うのに、指の隙間を縫って重ねられたサッチの手は離れようとしない。

「もう残ってねぇかな」
「さぁな。欲しけりゃ探して来い」
「……そうすっかな」

 マルコの目の前で、大きな傷のあるサッチの目元が優しく緩んだ。重ねられた手が外れ、マルコの手からガラス瓶が転がる。その手は、サッチの掌に包み込まれた。

「やっぱ、やめとこ」

 笑顔はマルコの視界から消え、かわりに粘膜に触れる温もりに変わる。
 舌の上で、何かがパチパチと弾けている。そんな気がした。






2010/05/29


サチマルが書きたくて。
今はこの二人、肉体関係は無いと思う。
マルコはペリエ好きそう。






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