はじめての。 2.5




 エースが戻って来た事により、突然の進路変更に対応したモビーディックの備蓄状況を把握するマルコのルーチンワークは少々手間取っていた。
 巨大な船である。中には海賊になったのは何かの間違いじゃないかという程計算に明るい人間も居るが、その量は半端ではない。
 結局日が登りきり、昼食の時間も差し迫った頃にようやくマルコは解放され、大分熱が下がったと報告だけは聞いていたエースの居る医務室へ足を向けた。

「よーう、お疲れさん」
「マルコ!」

 部屋には先客が陣取っていて、マルコの眉間のシワを見つけたサッチは慌てて手に持っていた羊皮紙を顔の前で振ってみせた。

「じゃぁな、一番隊長さんが怖いから戻るわ。マルコ、昼飯運ばせるからよ!」

 バッチンと不気味なウィンクを残して仕事中だったらしいサッチが出て行った。エースはベッドの上にクッションを背凭れにして座っていて、その顔色は土色だった昨日に比べれば格段に良かった。

「大分良さそうだな、エース」
「うん、まだすっげぇ体ダルいけど平気だ。寝過ぎて腹減ったよ」
「食欲があるならもう心配ねぇか」

 額に置かれたマルコの手に擦り寄るようにしてエースが未だ少し弱々しい微笑を返してきた。いつもはサッチと話をしていると段々喧嘩腰になるはずのエースが、マルコが来るまで静かにしていたのだ。生まれて初めて出したという熱は、エースの気力を奪っているのかもしれないとマルコはそう思った。

「あ、あのさ」
「なんだい」
「……ほら、昨日、オヤジがさ……」

 もごもごと口の中で喋るエースの目元が潤んでいる。意を決したように見上げて来たその瞳が秘密を打ち明ける子供のような真剣さで、マルコは思わず釣られて見つめ返してしまった。

「おれ、昨日夜中に何度も目が覚めて」
「ああ」
「真っ暗なんだ」
「そうだろうな」
「隣の部屋から先生たちの気配はするんだけど、一人なんだ」
「…………」

 夜は何度もナースたちがエースの様子を見て、船医も常に隣室に待機していた。エースが言葉にすれば、彼女たちも船医も、迷わずそうしていただろう。けれどもエースは、ついに言わなかったのだ。
 マルコは少し湿り気の残るエースの前髪をくしゃりとかき混ぜ、その形の良い額に幼子にするように口付けた。

「苦しかったろうよい、エース。頑張ったなァ。寂しくても泣かなかったんだろい」
「…………なんだよ、それ」

 涙目のエースの顔も首も、熱が一気に上昇したかのように真っ赤に染まり、マルコは堪えきれずに噴出した。

「お前の羞恥心の居場所はわからねェなぁ。人前でこっ恥ずかしい事やらかすくせに、甘やかされるのは駄目なのかよい」
「知らねぇよ!!よくわからねぇんだ、そういうの!だからマルコが悪い!」

 半ばヤケクソのように言い返すエースの頭にはマルコの手が乗せられたままで、エースが本気で怒っていないのは見え見えだった。よくわからないというのは、まごうことなきエースの本音なのだ。

「オヤジのいいつけだ。今日はいくら甘えても怒らねぇでやるよ」
「本当か!?」

 泣いた烏がもう笑う。
 顔を輝かせたエースにマルコは頷いてみせる。エースの膝の上で握り締められた布団が悲鳴を、エースの腹の虫が金切り声を上げていた。

「飯、一緒に食べてくれんだろ?」
「そのつもりだよい」
「……………………あーんして」
「あ?」
「だからっ…………」

 あらゆる苦悶の呻きと悲鳴を体から発しながら頭を掻きむしるエースが、「メシ!おれに!あーん、てしてくれ!!」と隣室まで聞こえる声で怒鳴り、船医とナースたちの隠しきれていない笑い声が聞こえて来た。

「…………大方予想はつくが、サッチかい」
「…………だって、病人の甘え方の基本だっていうし、マルコにして貰えたらちょっと、嬉しいかもって……嫌なら、別にいいぞ」

 別に良くない、とエースの顔にはデカデカと書いてある。 
 運び込まれてきたエースの普段の量の半分以下という名の大量の食事を前に、マルコは「船長命令」と心の中で唱えた。



「……くくっ……エース、食べにくいだろいっ……」
「にくくない!次、肉がいい!」
「はいはい」

 雛鳥に餌を運ぶ親の気持。それも顔を真赤にした雛だ。
 頼んだのはいいが、この状況にエース自身が恥ずかしがっているのだから、マルコの肩の揺れは一向に収まらない。
 普段は無意識無自覚のエースに赤面させられる事も多いマルコは、なんだか意趣返しにも似た気持ちになってきて「甘やかさなければ」と思い直すも悉く失敗に終わっている。

「甘えるのも練習が必要だなぁ、エース」
「……んぐ、じゃぁマルコで練習する」
「治るまではな」
「……ケチ」

 肉の脂がついた病人にあるまじき尖った唇を指先で拭い、次の骨付きをとろうと伸ばしたマルコの手首がまだ熱い手で掴まれた。
 甘え下手な少年の潤んだ黒目も乱れたままの髪も、マルコの庇護欲を掻き立てるには十分だった。

 柔らかい唇は、マルコの空腹を助長する匂いがした。









2010/05/16



なんだか書きたりなかったので追加してみました。
マルコもお昼食べてないw
そして違う部分も空腹。






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