はじめての。 2




 医務室にしばしの時間隔離されたエースの診断結果は"風邪と疲労による発熱"で、生まれてこの方一度も病気になったことがないという化物じみたエースの伝説はここで終りを告げた。
 不測の事態に備えて接触を船医から禁じられていた白ひげは、ようやく任務を終えた息子の労いにその巨大な体を一般隊員用サイズの医務室へと押し込めていた。
 これまでの短い生の中で、エースが一体どれだけの無謀と無茶を繰り返してきたのかは想像に難くない。初めての任務を成し遂げ、「家」に帰ってきて気が抜けたのだろうと思えば、意地っ張りな末っ子の変化に思わず口角が緩んでしまいそうになる。それは壁際に立ってエースとオヤジの対話を邪魔しないように見つめつマルコとサッチも同じ思いだった。
 朦朧としているのか、エースの瞼が小さく痙攣を起こしている。熱のせいで薄く涙の膜が張った瞳を見て、白ひげはゆっくりとその汗ばむエースの額を指先で拭った。

「エース、今はゆっくり休め」
「……オヤジ」

 縋りつくようにその指先に腕をかけたエースの仕草は、捨てられゆく子供のような必死さだった。動きを止めた白ひげは、苦しむ子供にどうした、と優しく声を掛ける。

「オヤジ……おれ、死ぬの?」

 何を馬鹿な事をと口を開きかけたサッチの口を、マルコが顎関節ごと掴み上げた。
 苦しげに熱い息を吐くエースの声は酷く真剣で、白ひげはその見事なヒゲの下でニヤリと笑って見せた。

「ああ、死ぬかもしれねぇなぁ」

 白ひげの指に縋り付いたエースの体がぴくりと硬直した。敬愛する白ひげの顔を見つめたまましばしの時間が経過し、ようやくエースが口を開いた。

「そっかぁ……でも、いいや。今なら……いい」

 悲しそうに、けれども満足した様子でエースが微笑んだ。それと同時にゴキリと鈍い音が医務室に響き渡り、サッチの悲鳴が木霊した。

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!オヤジも病人をからかってやるなよい!」

 大股で二人の間に割り込んだマルコが白ひげの指を離させ、敬愛する父親を睨みつけた。

「エース、頑丈なてめぇがこれぐらいの事で死ねるもんかい!とっとと寝て治しやがれ!」

 激昂するマルコに、白ひげが愉快そうにグラララと声を上げた。

「そりゃぁすまなかったなマルコ。ああ、悪かったエース、お前は死なねぇさ。だがな、これを守らねぇ奴は必ず死ぬぞ。おれぁ今まで何人もそういう奴を見てきた」

 真剣にな眼差しで見下ろして来た白ひげを、思わず息を飲んで見上げた息子たちに白ひげはニヤリと眉を跳ね上げて口角を上げた。

「病気になった時はな、家族に甘やかされないといけねぇ。それも全快するまで守らねぇと駄目だ。エース、マルコたちの言う事をよく聞いてしっかり寝てろ。それ以外の心配なんざしたら命を縮めるぜ」
「……うん」

 安心したように体の力を抜いたエースの頭をもう一度撫で、白ひげは巨体を屈めて医務室から出て行き、未だにうめきながらナースに顎関節を固定して戻されているサッチとマルコ、そしてエースだけが残された。
 苦しげに胸を上下させているエースの横にマルコが腰を下ろし、毛布の上に出たままのエースの腕を掴んで中に戻してやると、エースの指が熱い毛布の中でマルコの手をきゅっと握りしめた。

「マルコ……冷たくて気持ちい……」
「お前が熱過ぎんだい。一晩寝てりゃぁずっと楽になるよい」
「こんなに、苦しくても?」
「ああ、そういうもんだよい」

 マルコの言葉に安心したのか、小刻みに痙攣していたエースの瞼がゆっくりと閉じられた。少し不安定な寝息に変わったのを確認したマルコが、そっと握られたままだった手を離すと、エースの眉間に僅かに皺が寄ったのがわかり、苦笑したマルコがそこを指先で擦った。

「……えたか」
「まともに喋れねぇなら口を開くなよい」

 てめぇのせいらろう!?とまだ発音の怪しいサッチの首根っこを掴んで、マルコが医務室を後にした。
 熱の高すぎる今は、専門の船医たちに任せた方が安心だ。オヤジの言った事を実行するならば明日以降が良い。
 甲板に戻ったマルコたちに、二番隊たちが真っ先に群がって我が隊長の様子を知りたがったのに、サッチが呂律は回っていないがよく通る声で説明しを始めた。
 
「まぁ心配無用ってことら。尻尾仕舞い忘れてうくらい心配して動揺してう奴もいうがらぁ」

 全隊員の注目を一斉に浴びたマルコが、自分の足元にキラキラと輝く自分の一部を見つけた時の顔色は、エースに優るとも劣らないものだった。

 
 サッチの顎関節がエースの快復まで使い物にならなくなったのは、もちろん言う迄も無い。









2010/04/29






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