水を抱くような 5




 このまま船に帰る選択肢もあるってのを忘れるな。それでもいいのなら、寝ずに待ってろい。もしお前がいなくても、おれァ別に構やしねぇ。

 そのまま押し倒そうとしてくるエースを文字通り腕力で「待て」の状態にして部屋に残し、まさにニヤリと表現するに相応しい笑みを残してマルコがバスルームへと消えるのをエースは何も出来ずに見送った。
 まさかこんなにも年上の男に欲情するはめになるとは。
 エースははやる胸を押さえ、ベッドの上に汚れた体のまま腰を下ろした。自分も汚れを落とした方がいいのだろうが、マルコが出て来たならばそんなもの待ちきれないに決まっていた。
 重かった胸の凝りが、ほんの少しだけ軽くなった気がする。マルコは大人で優しい。たとえどんな結果になろうともその約束だけで十分に報われる気がした。白ひげを偽り続けている後ろめたさと恐れは、エースの首をゆるやかに締め上げる。
 オヤジは怒るだろうか。そうしたらおれはもう皆の家族では居られない。だっておれには、もとからそんな資格は……。

「何また不細工なツラになってんだい」

 はっと顔をあげるといつの間にかバスルームの前に、いつものサブリナパンツだけを身につけたマルコが立っていた。どれだけの時間自分はぼんやりしていたのか。
 慌てて立ち上がろうとしたエースをマルコは手で制し、エースの血で汚れたガーゼの横に置いてあった薬瓶とは趣の違う小さなボトルを手にしてサイドボードに置き、エースの隣にストンと腰を下ろした。いつの間にかそれらを入れていた洗面器は無くなっていた。

「――マルコ、冷たい……?」

 吸い寄せられるようにマルコの首に鼻を押し付けたエースが驚いた風に顔を離し、それを確かめるように両手でマルコの肩から胸に触れた。湿り気を帯びた肌はシャワーを浴びたのは間違いない。けれどもその体温は湯を浴びたとは到底思えないほどに冷え切っていた。

「ああ…久しぶりで、ちっともたついちまったんだい」

 意味がわかっていないエースの手を握ったマルコが、胸の中央を飾る刺青の上に自分の手を重ねて押し付けた。

「お前が体温が高いのかと思ってたよい。悪いな」

 ズクリ。
 衝動が、体の奥で弾ける音がした。
 重ねた手からマルコの胸へ、自分の体温が流れ込んで行く。それだけじゃ足りない。もっと肌を合わせたい。
 初めての時のように、マルコは抵抗することも無くエースに抱きしめられた。皮膚がこすれ合い、背骨の形を確かめるように強く撫でられたかと思うと、今度は首の後ろをしっかりと掴まれた。
 目は閉じない。
 軽く睫毛を伏せたマルコの口の中の粘膜はかき回され、そこすらも冷えていた事に気がつく。
 エースの体温に、徐々にマルコの体温が追いつき始めた。そうしなければいけないと義務でも感じているようにエースは必死に見えた。
 無茶はするな。そう口にしようとして、マルコはそうされてもいいと思っている自分に気がつく。
 もう二度と他人に抱かれるなんて事は無いだろうと思っていたのに、この不安定な少年にあっさりと体を明け渡してしまった自分にマルコは驚いていた。親友であるサッチにもまだ言っていない。けれど勘のいいあいつは気がついているのだろう。そしていつものように、心配事を胸の奥に閉じ込めて軽薄に笑って見せるのだ。

 マルコの釦も掛けていなかったパンツが足から抜け、触れた外気に反射的に足を閉じた。拒否されたと感じたのか、縋るようにエースが再びキスを求めてきた。そのままマルコの日に焼けていない滑らかな内腿を手のひら全体を使って優しくこじ開けようとしてくる。

「わ、マルコっ」

 舌から糸を引きながらマルコの唇が唐突に離れ、内腿を悪戯していたエースの手首ががっちり掴まれた。その唇の行き先がわかったエースの腹筋が期待するようにヒクリと波打ったのにマルコは薄く微笑んだ。

「っ――……ぅ」

 ハーフパンツの上からそこに歯をたてられ、中のエースのものがビクリとあからさまに反応した。根元から先端まで布にしっかりと形が浮き出るように甘噛みされ、とうとう我慢しきれなくなったエースが乱暴にベルトを外し、自らファスナーを下ろした。飛び出すように現れた若い性器を目の前に、唇を潤してみせたマルコの赤い粘膜からエースは目が離せなかった。

「マルコ……舐めて」

 肉厚の唇に押し付けられるようにしたそれを、マルコは躊躇い無く口に含んだ。滑らかな感触の先端を舌全体を使って強めに舐め、そのまま喉奥に吸い込むように全体を一気に咥え込んだ。鼻をくすぐるエースの恥毛から戦闘後の汗の匂いがして、音を立てて吸い上げ始めたマルコの興奮をも煽った。
 どうやら自分も、若さを叱るには相応しくないようだ。

「あっ、だめだマルコ……!すぐイっちまう、やだよ……ここでいきたくねぇんだ」

 射精寸前のエースの性器を咥えたままのマルコの頭が強制的に止められた。エースの両手がマルコの頭を掴み、ずるずると最奥まで飲み込まれていたそれを解放して行った。あと数回ストロークすれば弾けていたはずだ。

「……あんた、なんでこんなに上手なんだよ……」
「おとなしく出しゃぁいいのに。何度でも舐めてやるよい?」

 微妙にすれ違っている問答は、マルコが口に残った粘液を掻き集めるようにして飲み込んで見せたことにより、エースの頭から弾き出された。
 今度こそ気遣いも消し飛ぶ乱暴さで、マルコの背がシーツの上で跳ねるほどの勢いで倒された。性急にまさぐられたマルコの性器は前回とは違い、既に形を成しているのが日も落ちていない室内でその全てがエースに晒された。そこだけは一瞬だけ躊躇したエースも、マルコが止めないという免罪符の元に指先で窄まりを辿る。
 刺激にヒクリと蠢いたそこに数瞬だけ動きを止めたが、すぐに揉みほぐすような動きに変わった。

「マルコ……なんか、違う」

 ゴム越しでない生の感覚だからなのか、マルコのそこはエースの指に吸いつくようにしっとりと柔らかかった。時折触れる内部の粘膜が熱い。そしてそこは――ぬかるみのようにいやらしく潤っていた。

「――っ、は――」
「何してたの、マルコ。中、女みてぇになってる……」
「女みてぇに濡れるわけァねぇからな。ちぃと、準備しただけだい……」

 このせいで、マルコの体が冷たかったのか。
 そこが濡れていると理解した途端に根元まで付き入れられた指に、マルコが呼吸を乱しながら嘯く。焼けるように熱いぬかるみは女のような襞のざらつきは無く、どこまでも滑り落ちて行そうなほど滑らかな手触りだ。貪欲にエースの指を締め上げる肉がどれだけの快楽をエースに与えたか、エースの体はしっかりと覚えている。

「もう、入れたい。いいよなマルコ」
「駄目なんて言わねぇよい。ただ、それは使ってくれ。その方が、おれも具合がイイんだ」

 明け透けな快楽への道筋は、分かりやすい方がいい。マルコの唇が動く度に卑猥だと感じてしまうエースは、既にマルコの策中に嵌ってしまっていた。
 エースがボトルからとろみのある液体を手にとり、自分自身に塗りつける。その冷たさに一瞬だけ考える素振りを見せたエースは、自身の竿から滴る潤滑剤をその柔らかい先端で、足を割って抱えたマルコの入り口を濡らし始めた。

「……っ……」
「ごめんマルコ、冷たいよな。もうちょっと我慢してくれ」

 こういうところが、駄目だ。
 全く計算されていないエースの仕草に、心を揺らしてしまう自分を自覚せずにはいられない。広げられた足の間で、エースの体温に反応した自分自身が揺れている。粘った水音を立てて擦られているそこは、とっくに綻びていた。エースの切っ先がそこを通りすぎる度に、体の奥がじわりと疼いてたまらなくなって来る。
 射精寸前まで行っていたはずなのに、余裕の無いのはエースの方だというのに。追い詰められているのはマルコだった。

「エースっ……もういい」
「でも、マルコこないだも辛そうだったじゃねぇか。もうちょっとだけ濡らして――っ!?」

 もう一度ボトルを取ろうとエースが手を伸ばしたその瞬間、二人の体勢は逆転していた。馬乗りになられたエースが、ぱちくりと目を見開いてマルコを見上げた。

「エースお前、それも天然かよい」
「えっ?何が?……っ、わ、ちょっとマルコ本当に無理すんなっ……………………」

 完全に天を向いていたエースにマルコの手が添えられた次には、充血して解れきったマルコのそこにエースの性器が半ばまで飲み込まれていた。潤滑剤の助けを借り、マルコ自身がほぐした内部はエースの全てを味わうかのように蠕動して、ゆるく腰を動かしたマルコはエースを全て飲み込んでしまった。

「――だから、そんなんしたら、おれがすぐいっちまうって……」
「お前が変に焦らすからだよい……ガキのくせに、っ……」

 狭い内部に包まれたエースが、耐えるように細く息を吐き出した。マルコの目尻に僅かに滲んだ液体を下から見上げるだけで今にも出してしまいそうだ。
 
「マルコ、これだとマルコをよくするの、無理だよ。なぁ……」

 エースの口元が、来いよと動いた気がした。
 生意気な子供の言う事を結局聞いてしまうのは、既にそれを許してしまっているから。
 覆いかぶさるようにマルコの唇がエースに喰らいついた。腰を掴まれて容赦なく下から突き上げられ、呼吸が出来ないマルコが本能的に逃げようとするのをエースは許さなかった。
 歯がぶつかり合い、エースの口からは再び血の匂いがしてくる。

「マルコ……なかに、」
「――ッァ、ング……、ぅっ…!!」

 良いとも駄目だとも返事が出来無いまま、一際大きくなったエースの性器がマルコの最奥で跳ねた。許可なんて最初から取る気は更々無かったに違いない。どろりと熱いものが内臓に注ぎ込まれる感覚に、達したわけでもないのにマルコの背筋に震えが走った。
 完全に主導権を移したマルコの体が、エースによって振り出しに戻された。
 肩につきそうな程折り曲げられた足の間から硬度を失わせないためにマルコの中に未だに出入りしているエースの濡れた性器が見える。その結合部は白く泡立って気泡が潰れる小さな音がしている。溢れ始めたエースの精液を視認した途端、少し小さくなったエースを食い締めてしまいそうなほどそこが収縮したのが自分でもわかった。

「気持ちいい……マルコ、マルコのいいとこも、教えて」

 探るようにエースの手がマルコの体中を這い、長く存在を忘れていた乳首の上を手のひらのざらつきで刺激するように円を描く。連動するように性器がまた締め付けられて、エースは嬉しそうに笑った。

「マルコ…………マルコ」

 何かを言いたくて、でもそれは言葉にならない。エースはただマルコを呼び、自分を犯すそのままの姿勢で縋り付いてくるエースをマルコは子供にするようにその背を抱いた。
 歪んでいると、思う。けれど、その歪みを受け入れてくれる場所があることをマルコは知っている。
 エースはただそれを、理解するのが怖いだけなのだ。
 呼吸が乱れ、喘ぎとも泣き声ともとれるものが頭上でしても、マルコはそれに触れなかった。ただエースを抱き、腰を揺らして快楽をねだる。声を抑えることは、しなかった。
 静寂が、エースの涙を邪魔しないように。










 
 胸の上に乾いた洟の筋が残っているのに気がついたマルコがそれを拭うのを見て、エースはいたたまれないと言った様子で目を逸らした。
 お互い既に服を身につけ、冷静さを取り戻したエースが空になったローションボトルを指先で突付く。

「これ……わざわざ用意した……んだよな」
「ああ、それなァ」

 バツの悪そうなエースにマルコが噴き出した。何事かとエースが顔をあげると、マルコはまだ笑っている。

「昼間会った男がいたろい。ありゃぁこういう宿の案内人なんだよい。今日の手柄にお前の筆おろしをお膳立てしてやりたいんだってったら、緊張で女が濡れないとトラウマになるからってこの宿を紹介ついでにくれたんだよい」
「んな、ひでぇなマルコ!」

 だからあの時去っていった男はエースに頑張れなどと言ったのかとようやく理解した。流石に自分とするなんて言えなかったのはわかるが、男としてのプライドが少し傷ついてしまう。

「あれ……でもマルコ、風呂行く前に何かもう一本持ってたよな?」

 エースの指摘に、マルコが初めて分類に困る表情を浮かべた。困惑とも羞恥とも判別できない曖昧なそれをマジマジと見つめてしまたエースの丸い額をぴしりと指で弾いた。

「痛っ」
「おれん中で散々触ったろい……受付で売ってんだよい、そういうのが。薬買う、ついでにな…」

 額を抑えたエースが一瞬だけ目にしたマルコの耳の赤さ。
 それが粘液性の高い「体の内部用」で、細いボトルの口を自らそこに差し込んで注入するマルコを想像したエースが思わずと言った具合に脚をしっかりと擦り合わせた。

「…マルコ……」
「もうやらせねぇよい、馬鹿たれ」

 自分が誘った癖に、きっぱりとエースを切ったマルコが宿を出るのに慌ててエースが追った。
 街はもう日が暮れかけていて、二人の影は長くゆらめくように後をついてくる。ようやく普通の速度になったマルコの隣にエースが並ぶ。

「今更だけどだ」
「ん」
「あれは、なんの鳥なんだ?」
「…おれの二つ名は知らなかったのかよい」
「知ってるぜ?不死鳥マルコ…………って、マジで不死鳥なのか!!」

 同じ船に乗っていて隠せる事ではなく意図的に隠していたわけでもなかったのだが、エースはマルコの能力を単なる異名として捉えていたらしい。存在しない幻の鳥が実在するという奇妙な事実に、エースは子供のようにはしゃいだ。

「そっかぁ、だから触れない炎なんだ。不思議なこともあるもんだな!」
「お前だって世間から見りゃ不思議だろい」
「いいや、マルコの方が不思議だ!」

 子供の主張に張りあうのは時間の無駄で、そして勝てないと知るマルコは諦めて口を閉じた。
 沈黙してしまったマルコを横目で見ていたエースが、ふいにマルコのその手をとった。

「なんだい」
「触れる」
「そりゃぁ実体なんだから触れるよい」
「マルコ、次はさぁ」

 脈略の無い会話に、マルコは眉を顰めるでもなく手を繋いだままエースを見やる。

「青い炎のまま抱きしめてみたい。初めて見せてくれたあの時さ……闇の中で光が揺れてて、まるで海の中みたいに綺麗だった。海水を抱くのは無理だけど、マルコなら抱けると思うんだ」

 水は抱きしめられないけど、マルコは抱けるだろう?
 無邪気を装って、その言葉に何が含まれているのかマルコにはわからない。けれども、水を抱くような不可能な何かは、エースの中に存在している。

「……次って軽く言ってくれるがエース、もう次はないってのァ考えつけないのかよい」
「そんな可能性は無いよ。だってマルコ、優しいし」

 エースのそのニヤけた面を後頭部から張り倒したマルコが痛みでしばし動けないエースを放置し、メインマストの先端が見えてきた船に向かって足を早めた。すぐに追いついてきたエースがぶつくさ文句を言いながらマルコの右手を掴んだ。
 その手は血と肉とを持ち、マルコの手に温もりを伝えている。

「帰ったら真っ先にオヤジの所だ。拳骨と説教は覚悟しろい」
「オヤジに殴られたら鼻血じゃすまねぇねぁ……」

 困ったようにエースが笑う。
 泣き出す直前のようなその顔には、迷いだけは無かった。

 船の舳先から乗り出した見間違え用もないリーゼントの男が、冷やかすような仕草で何かを叫んでいた。


 


 
2010/04/24



 
な、長かっ……た。久々にこんだけエロシーン書いたら途中でわけがわかんなくなってました。
マルコは過去色々あったので体は開発済みの休止中という脳内設定なので(いらん設定)、エースが再開発すればいいとおもいます。
過去話しも書きたい。
乳首攻めはもうすこしねちっこくしたかったのですが、気力が追いつきませんでした
ここまでこのながーいのを読んでくださった皆様、ありがとうございました。



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