水を抱くような 3




 立ち向かってくる者には容赦ない反撃を、逃げるものは逃げられない程度に攻撃を。
 中には賞金が掛かっている首もあり、捕らえて島民に海軍に差し出させて島の経済の足しにするもよし、報復するもよし。"適度な壊滅"の匙加減が難しいんだぜと出立前にサッチに言われた事に従うのも癪だが、長く隊長不在であった二番隊の隊員達はそれをよくわきまえており、エースの勇み足を止めるように隊長の周囲を固めて攻撃を繰り出していた。

「お前ら、おれを働かせろよ!」
「やばくなったらチョーまかせますって!そん時ゃたのんます!」

 一人一人の戦闘の腕前は有象無象の名も無き海賊団とはわけが違う。半ば奇襲から始まったとはいえ、二番隊は圧倒的な強さで略奪者たちを土に沈めて行った。

「隊長!幹部連中が逃げます!」
「おれだけ行く!」
「なるべく殺しちゃだめですよ!?」
「なるべくな!」

 今人員を割いて追撃に掛かるのは負傷者が増す恐れがある。その判断にエースの実力を認めた皆が従った。エースが負けるわけが無い。
 ――おれは、信頼されてる!!

「炎上網!!」

 敵の行く手を炎の壁で阻み、自らの退路もその炎で閉じたエースがゆっくりと歩を進めた。焦りと迫る炎への危機感からか大粒の汗を滴らせた3人がエースに向って銃を乱射するが、ロギア系である彼に傷をつけることは不可能だということを認識するだけの不毛な時間だった。
 覇気を使えなければ、勝負にもなりはしない。
 圧倒的な力を見せ付けて戦闘意思を削ぐのも、海賊としての常套手段だ。それが早ければ早いほど損害も少なく、目的は果たせる。敵の戦意は既に地の底まで落ちていた。エースもそこで終わらせるつもりだった。
 終わらせる、筈だった。

「化け物め、老いぼれに尻尾振っていい気になりやがって!白ひげなんざもう過去の遺物じゃねぇか、くだらねぇ!そんな奴には勿体ねぇあがりをちょっと頂いただけじゃねぇかよ!それのどこが悪いんだ、なぁ?」

 苦し紛れの罵声が、哀願に変化して行く。だが海賊達は決定的な間違いを犯したのに気がつかない。
 炎に囲まれた敵の靴先が、ジリと僅かに焦げた。

「頼む、見逃してくれよ。噂じゃ白ひげは"ゴールド・ロジャー"からも山のような財宝を受け取ったって話も…」

 男が最後までそれを喋る事は出来なかった。
 悲鳴を上げて後ずさりした残りの二人が、背には炎しかないことを再認識して恐慌に陥る。

「助けて、助けてくれっ!!嫌だぁああああ!!」

 顔から上だけが焼け焦げた男がどさりと地に伏した。倒れた拍子に炎の壁に触れた足が、不愉快な臭いを立てて湯気と煙を上げる。

「……焼死ってさぁ、一番苦しいんだってよ。息を吸っても炎で、肺の中が焼けて窒息するんだってな」

 おれには、わからねぇけど。
 

 

「隊長!エース隊長!!……どうなってんだ、隊長、炎収めて下さいよ、隊長!!!民家に燃え移っちまう!」

 かけつけた二番隊員が見たものは、屋根をも超える高さの火柱だった。火があると言うことは、中のエースは無事なのは間違いない。だが一向に静まる様子を見せない炎は島の通り沿いにある商家や民家に徐々に飛び火していた。
 足止め状態の二番隊の叫びは、轟音を立てて勢いを増して行く炎の中心に届かない。

「隊長――――――!?」

 突如、隊員達の頭上を巨大な光の塊が通過した。
 光り輝く長い尾羽から零れ落ちた光の欠片に、それが何か分かった隊員達が上空に向けて叫び出す。
 炎の天辺を舐めた青い炎の鳥が一度天空で旋回し、美しく燃える巨大な翼を広げて赤い炎を呑み込む様に低空を猛スピードで通過した。

「隊長、マルコ隊長!エース隊長が……!」
「下がってろい」

 民家に点いた火を翼に巻き込んで消し止めたマルコが、再度旋回して通りの中心にあるだけとなった炎の塊の前でその翼を収めた。二本の足で恐れもなく炎の中に入っていくマルコを、皆遠目から眺めるしか成す術はない。
 
「火が」

 消えた。その認識と同時に、その場所から何かが高速で吹き飛ばされてきた。

「っ、た、隊長!?」

 三人がかりで受け止めたそれは、紛れも無くエースだった。炎があった場所から、マルコがゆっくりと歩み寄ってくる。
 その足元には、三つの真っ黒に焼け焦げた死体があった。
 
「言い訳は?」
「…………ねぇ」

 ボタボタと地面に血を溢しながら、エースが口の中の真っ赤な唾を吐き捨てた。

「そうかい」

 骨が軋む程の音を立ててマルコの拳が再びその顔にめり込み、エースを支えていた隊員ごと吹き飛ばされた。なおも歩を進めるマルコを両脇から残った者が必死に止める。

「マルコ隊長やめてください!確かにやり過ぎですけど、エース隊長は」
「黙れ」

 ただその一言で、騒然となっていた場は静まり返った。マルコの言葉には、何の感情も読み取る事は出来ない。

「…もう殴らねぇから離せよい」

 凍り付いた雰囲気の中で、ようやくマルコが小さく溜息を吐いた。指先で立てとエースに促し、自分を取り巻いていた二番隊をいつもの茫洋たる眠たげな目つきに戻って見渡す。

「目的は果たされた。ティーチ、後で三番隊が後始末に来る。引継ぎはまかせたよい」
「了解だマルコ隊長。あまりうちの隊長を叱らないでやってくれよ、あいつらぁオヤジを馬鹿にしやがったんだぜ」
「なんだって!?」
「そりゃあ怒って当然だぜ!」

 最古参の二番隊員は、黒焦げの死体を目の端に捕らえて下品に笑った。耳が良いその男だけが状況を把握していたらしい。色めき立ったその場から、無言のエースがマルコの後を追って消えた。

 あたりにはまだ、一面に死臭が立ち込めていた。









2010/04/17

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