水を抱くような 2




 島に到着したモビーディックの船体は、見覚えの無い海賊旗を掲げた船の退路を塞ぐように寄港した。敵の見張りが先ほどから大声で何かをわめいている。島内にいる海賊たちに、白ひげ海賊団が来たという情報はすぐにでも伝わるだろう。

「行ってくるぜオヤジ」
「ああ、しっかりやれ」

 二番隊が興奮の雄叫びをあげる中、自分を見上げた息子の表情に白ひげはふと違和感を覚えた。

「どうしたエース。初陣でビビってションベン垂れそうか」
「んなわけねぇ!」

 即座に否定するその様子には怖れなど微塵も無い。ついこの間まで若干17歳で海賊団を率いてこの偉大なる航路を駆け上がってきた実力のある男だ。彼が怖気づく等、白ひげは想像すらしていない。

「だったらとっとと行って来い。街ァ燃やすんじゃねぇぞエース」
「わかってる。……オヤジ」

 一呼吸分の僅かな沈黙。
 だがエースは何事も無かったように不敵に唇を釣り上げて笑って見せた。

「行くぞ野郎ども!!」
「おお――――!!!」

 半身を炎に変えたエースが船から飛び降り、血気治まらない二番隊が次々にそれへと続く。斥候からの情報により主犯格の位置は既に特定済みで、エースの足取りは何一つ乱れてはいなかった。
 だからこそ白ひげは、今にも舌打ちをしそうな苦い表情になる。

「マルコ」
「ここにいるよい、オヤジ」
 
 フォアマストの天辺から降って来た声は、音も無く白ひげの足元へ着地した。
 船に残された人員は悠々と補給の準備を始めている。たとえ隣に敵船がいようとも常に身構えているような事は無い。
 この船には世界最強の白ひげと、それを支える隊長達が乗っているのだ。

「あいつ、まだなにかくだらねぇ事悩むか隠すかしてやがるな」
「……そうみてぇだな」

 白ひげの言葉にマルコも同意する。
 たとえ屈託無く笑うようになっても、皆の中で馬鹿騒ぎしていても、エースを取り巻く壁が無くなったわけではなかった。
 白ひげのマークを背中に背負い、覚悟を決めた今でもその不安定さは変わらない。それに気がついていたのは、一体どれだけの人間がいるだろう。
 "抱かせて欲しい"
 エースは何の含みもなく、あっけらかんと言ったつもりだろう。だがその響きに縋りつくような不安が滲んでいたのに気がついてはいなかっただろうと思う。

「行け、マルコ」
「了解」

 雲ひとつない青空に溶け込むように、マルコが光の粒となって消えたのを確認して、白ひげは喉の奥だけで笑う。
 特徴的なその豊かなひげの下には、もう一人の愛しい息子の姿が見えたのだ。

「心配か」
「心配だ」

 巨大なボリュームで作られたリーゼントの下の息子の顔は白ひげからは見えない。けれどもその表情は簡単に想像できた。

「心配だ。エースも、……マルコも」

 敵船に残された乗員達が、明らかな敵意を持って照準をモビー・ディックに合わせていた。
 心配だ。そんな些細な事ではなく、親友と、新しい弟の事が。

「おれは、どっちも幸せにならねぇと嫌だ」

 グララララと敵の戦意を喪失させるに十分な笑い声が甲板に響き渡る。戦闘員たちは、嬉々として轟音を立てる砲撃に突っ込んで行き、弾を叩き落した。
 悲鳴と銃声、騒音の中で白ひげは愛しい息子のセットに時間のかかる頭を思う存分に撫で乱し、自身の旗の象徴である不敵な半月型を口元に浮かべた。

「サッチ、そりゃぁおれの役目だ。子の幸せを願うのも、叶えるのもな。さぁてめぇも働け。その分だけ補給が早く済まぁ」
「――ああ!四番隊、近接組は半分着いてこい!」

 尻を叩かれた四番隊隊長は、白ひげ同様の不敵な笑みを引き連れて寄せられた敵船へ飛び込んで行った。








2010/04/13

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