水を抱くような




 次の補給地である島まであと半日。常ならば補給完了後、モビーの乗組員達は陸地と広い宿のベッドを女付きで楽しむというのが大半だ。
 ただ今回は白ひげの治める地域にあるにもかかわらず、無謀な馬鹿どもが島の住人を脅かしていると先だって報告が入っていた。白ひげの名前を聞いて尚怯まないのは無知と無謀の産物だという事を、そいつらに知らしめなければならない。
 この新世界で、白ひげはそうやって長きに渡り多くの国と島を治めてきたのだ。

「二番隊隊長としての初仕事だ。しっかりやれよい」
「おう、オヤジの名前に傷つける奴らに容赦なんてしねぇよ。まかせとけ」

 朝食を掻き込み、当初よりも快活に笑うようになったエースがずるずると音を立てて残りのスープを飲み干した。「ごちそうさまでした」と目の前でぱんっ、と音を立てて手を合わせると既に食後のコーヒーを飲み終わっていたマルコに椅子ごと向かい直った。

「待っててくれてありがとう」
「さっさと言えよい」

 律儀な挨拶にマルコも諦めた風に笑うしかなかった。
 朝食の時間の前に呼び止められ「話がある」と言ったエースの腹があまりに盛大に鳴り響いたため、仕方なくこの万年欠食児童の腹が満ちるまで待ってやっていたのだ。お前はエースに甘すぎるとサッチにも突っ込まれたばかりだが、改善する気はマルコには全く無い。

「任務が終わったら、おれらは補給隊から外されてるから自由行動なんだ」
「そうだな」
「マルコも明日には陸に下りるだろう?」
「首尾よく補給が終わればな」
「そしたら、抱かせてくれよ」
「は?」

 思わず聞き返してしまったマルコに対し、エースの表情は至って真剣だった。

「だから、マルコをもう一回抱きたい」

 繰り返された言葉に、マルコは思わず無言で立ち上がった。拒否されたのかと焦って立ち上がったエースの口を塞いだまま食堂の隅へ引っ張って行き、ちらほら残っている隊員たちが何事かと向ける視線に来るなと手を振った。聞こえなければ、隊長同士の相談事とでも見られるだろう。
 ようやく声をひそめたエースが「ごめん」と謝る。

「駄目か?」
「…………酔狂だなァ。陸には女が居るじゃねぇかよい」

 困ったように眉を顰めたマルコだが、その様子に嫌悪感は見られない。

「女もいいけど、アンタの最初のあの顔が頭から離れねぇんだよ。今までずっと言い出せなくってさ」

 癖毛をガシガシと掻きながら、体温の上昇のせいで増えた雀斑の上に乗っかる黒い瞳が上目遣いで懇願する様はマルコの心を容赦なく揺さぶる。だがマルコははっきりと首を横に振った。

「悪ィがごめんだよい。あの時はお前が可愛くなっちまってつい許したが、おれも本来なら女がいいんだい」

 口元だけ笑いの形になったエースが、そっか、と蚊の泣くように呟いた。
 エースに抱かれる事に抵抗があるわけではない。むしろマルコは、この一見根っからの明るい性質に見えてしまう不安定な少年を気に入っていた。だからこそ、あの時の事を少しだけ後悔していた。
 それが理由で今、エースをこうして落胆させているという事を。

「陸で抜きゃぁこんなツラも薄れるよい。仕事、しっかりやって来い。エース」

 いつものように黒髪を掻き混ぜても、エースは笑ってくれはしなかった。
 マルコの自嘲の笑みは、俯いたエースには届かない。
 食堂を後にしたマルコと入れ違いに、二番隊の隊員達が中へ入っていった。きっと彼らはエースを見つけ、自分に怒られたのかと彼を心配するだろう。
 船の舳先から広がる空は、安定した気候に突入した印の雲ひとつ無い青空が広がっている。
 そららはひとつもマルコの心の靄を晴れさせてくれはしなかった。







2010/04/11






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