春の夢




「痛っ、痛ェってマルコ!引っ張らなくてもちゃんと着いていくし!」
「うるせぇよい!黙って来い!!」

 就任したての二番隊隊長の耳を引っ張って一番隊隊長がどこかへ連行して行く…おそらく何か問題を起した彼を説教しに。それは毎度御馴染みの光景で、特別注意を惹かれた者はいなかった。
 ただその行き先がこの白鯨船の船長室であると知ったならば、多少の騒ぎは起ったかもしれないが。






「…………え?」
「これを説明しろいエース」
「グララララ、そう目くじら立ててやるなマルコ。毒を盛ったわけじゃあるめぇ」
「毒だったらどうする気だったんだよいオヤジ!!」

 オヤジ。
 口の中で呟き、エースは呆然と目の前の人物を見上げた。巨大で温かで、何より誰より尊敬している………

「オヤジ……?」
「ああどうやらそうらしい、息子よ。世の中不思議な事はまだ山ほどあるみてぇだな」

 豪快に笑うその特徴的な声。山のような巨体。エースと、四桁を超える彼の息子達が尊敬して止まない、エドーワード・ニューゲート。白ひげその人であることを思考停止しかけた頭でようやくエースは把握した。

「オヤジ、ひげがねぇよ」
「問題はそこかよ!」

 ピシリと裏拳で突っ込みを入れたサッチを無視し、エースは"オヤジ"を見上げた。その特徴的でこの船団の象徴でもある白いひげはその顔にはない。ヒゲだけでは無い。年月を重ねた深みのある皺も、歴戦の傷も、いつもはあまり外される事のない医療機器のチューブも。そしてバンダナで覆われた頭部からは、豊かな長い髪が背中までゆるく波打ちながら流れていたのだ。

「オヤジが……えっと、なんてんだろ」

 みるみる顔を輝かせて行ったエースに、マルコは諦めたように溜息を吐いた。

「なんか、友達、みてぇだ!」











 事の起りは昨日。
 白ひげの生誕を祝う宴の後、山のように詰まれた息子達や娘達からの祝いの品から彼が手に取ったその品から話は始まった。
 ワノ国の特徴的な千代紙で美しく包まれた酒瓶らしきものには手書きのカードが添えられていた。差出人は、新しい息子の名前。巨大な指でそれを開くとそこにはこう書かれていた。
 "日が昇り、沈むまで。春の夢を貴方に。"
 その字だけはエースの物ではない、ワノ国の言葉で書かれていた。洒落た物を寄越したもんだと白ひげはその瓶の封を切ると、そこからはえもいわれぬ芳醇な花の香りが漂った。
 懐かしい、サクラの香りだった。


「――で、夜店から逸れちまってさ。そしたら道の端っこで婆さんがでっかい荷物抱えて座りこんでたんだ。どうしたって聞いたら、山のてっぺんまで行きたいって言うからさ、婆さんごと抱えて行ったんだよ。途中で色々話して、オヤジの誕生日が近いって話になったんだ」

 自分と年齢が変わらない風に見える白ひげに、頬を紅潮させたエースが身振り手振りで話すことを掻い摘めばこうだ。
 見知らぬ老婆を送り、山の頂上まで送り届けた。その際にその老婆からお礼に、と渡されたのがその酒であると。
 "そなたの大切な父君に。若い人が飲めばこれはただの酒。齢五十を超え、新たな生を見守る人間であるならば不思議な夢がみられるでしょう"

「そしたらその婆さんがサクラになって消えて…えっと、風が吹いたらサクラに…ああもう、とにかく消えたんだ!」

 エースが嘘を話ているとは到底思えない。そんな器用な人間でない事を、マルコたちは知っている。

「ってことぁ、お前はワノ国の仙人だか妖精からこれを譲り受けたってわけか」
「不思議な事があるもんだなぁ」

 状況を既に受け入れているオヤジと、たまたまオヤジに用があって第一発見者になったらしいサッチが封を切ってしまえば何の特徴も無い酒瓶を眺めた。その中で、マルコだけが眉間に皺を寄せたままだ。

「オヤジ、能力とかはあるのかい」
「あぁ――問題ねぇようだな」

 白ひげが手を翳すと、空間が僅かに振動した。悪魔の実の能力はそのままのようだ。

「日が昇って沈むまでってこたぁ、今日一日このままだってことだな」
「オヤジ、体はなんともねぇのかい?」
「むしろ不具合がみつからねぇな。…エース」

 年齢が近くともエースの何倍もある巨大な手が、エースの頭に置かれて体が揺れるほど撫でられた。

「お、オヤジ」
「グララララ、いい物をくれたもんだ。今日一日ぐれぇ、お前らの"友達"でいるってのも悪かねぇ」

 こんなに気分がいいのに船室に篭るなんざぁ体が腐っちまう!

 上機嫌の白ひげの後にエースとサッチ、マルコも続く。その姿を見れば、この船はすぐに大騒ぎになるだろう。

「マルコ、ごめん」
「いいよい。」
「気にすんなよエース」
「お前には言ってねぇ」
「酷っ!?」

 エースの謝罪の意味は、マルコには正しく伝わっていた。もし白ひげの力が失われる事になった時の事の大きさを、そして何よりオヤジの体をマルコは何よりも心配していたのだ。
 白ひげがそうしたように、マルコもエースの頭をぐしゃりとかき混ぜ、歩幅の違いすぎる白ひげに遅れないように走り出した。


 年下で、オヤジで、友達。


 なんとも不思議なプレゼントをしてくれたものだと、生誕祝ムードの残滓が残っていたモビーディックは再び春の夢に包まれた。



2010/04/11





子供化ネタはたくさんあれど、オヤジが若返るのってものすごく萌えないか!?
と寝ながら思いついてたまらなかったお話。



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