トンボ




 幾重にも輪になった仲間たちの中で向かい合うのは、世界中に名を馳せたる白ひげ海賊団の一番隊隊長とその末席である新入り。何事かと騒ぎを聞きつけて集まった者たちの間では瞬く間に賭けが発生し、劣勢と見られている新入り…"火拳"のエースに大穴狙いの大歓声が浴びせられた。

「はぁ!?能力ナシならエースにするって!」
「馬ァ鹿、賭け直し不可だ!さぁ皆下がった下がったぁ!!」

 食いかかる男たちを押し退け、上機嫌で掛札を抱え込んでいるのは四番隊の隊長であるサッチだ。その腰にはエースが常に携帯しているナイフが差し込まれている。
 向かい合う二人の戦闘条件は素手。そして下手をすれば船を丸ごと炎上させてしまう能力も禁止。エースもマルコも、戦闘時に武器を使う事は殆ど無い。体格はエースが僅かに上背があり、幅も厚い。身軽なイメージのあるマルコに比べればパワーに勝る印象がある。だがこの船に長く乗っている人間は知っている。
 マルコが悪魔の力を手に入れるその前から、白ひげ以外の誰にも負けたことがないと言うことを。

「よっしゃぁああ!いけエース!大穴来い!!」
「ってお前マルコ隊長に賭けたんじゃねぇのかよ!」
「うっせぇ、賭け馬は劣勢の方が胸が躍るじゃねぇか!」

 部下である一番隊の隊員の声も混じっているのを見て、マルコは空中でニヤリと口の端を上げた。それは普段あまり見せない、好戦的なもので、マルコ自身もこの状況を楽しんでいる事を表していた。

(あいつら、後でこんがり焼いてやるよい)

「くそっ、余裕こいてんじゃねぇよ!」

 トンボを切ったマルコの着地点を狙って繰り出されたエースの拳を更に体を捻って避け、絶え間ない追撃に円形の観客の中にどんどんマルコは押し出されて行くように見えた。

「上段蹴り、フェイク、アッパーと見せかけて足払い、お、避けた…おまけにもう一回。マルコ滞空時間長ェな、鳥だからかぁ、っとボディブローにみせかけた二段変化のあばら狙いありゃ当たったら普通は死ぬなまたフェイク裏拳からの右ストレートからの変形ネリチャギ器用だなーあいつ」
「サッチ隊長、おれら全然見えてないんですけど!感想交えずに解説してくださいよ」
「修行すべし!」

 えーー、と非難の声が溢れる中、お互いスピード型の二人は円を描くように甲板を移動してゆく。一見防戦一方のマルコが劣勢に見える。だがそれはマルコの戦闘スタイルなのをサッチたちは知っている。

「もうそろそろだな」
「へ?」

 サッチの呟きに男が輪の中に視線を戻した瞬間勝負はついていた。観客の派手な悲鳴と共にエースの体は吹っ飛び、十数人を巻き込んで甲板に落下した。
 勝負あり!!
 サッチの掛け声で、マルコの勝ちに賭けていた者に僅かな勝ち分の分配が始まった。背、もしくは胸を甲板に付いたほうが負け。
 僅かな隙を捉えられ、容赦ない一撃を首に喰らって吹っ飛んだエースが、悔しげに起き上がった。普通なら折れて死んでるぞ、化け物じみて丈夫だなぁとその動きを余裕で追えていたサッチがホクホク顔で札束を数えている。

「痛ってぇ、くそっ」
「残念だったない」

 手助けしようとした周囲の手を断り、エースが腹筋をバネにして跳ね起きる。赤くなった首を擦り、悔しげにマルコを見やった。

「欲しかったのに」

 エースの呟きに一つ笑いを溢したマルコが、その黒髪をクシャリと撫でて踵を返した。
 この勝負にエースが賭けていたもの。それは"一日一番隊隊長"というなんとも可愛らしいものだった。これが"一番隊隊長"の座であればマルコを認めていないのかと思われたかもしれない。
 エースまた頑張れよ、と周囲が笑いながらそれぞれの持ち場に散っていくと、その場にはサッチとエースだけが残された。

「ありがとさんエース。こんな息抜きもたまには必要だなぁ」
「あんたは儲かって嬉しいだけだろ」
「口の利き方が悪い子はお仕置きしちゃうぞ小僧っ子。…おい、どこいくんだ?」
「寝る。負けたから、今日から夜番しないといけねぇ」

 サッチから自分のナイフを奪い取り、足音に苛立ちを隠しもせずにエースが船室へと消えて行き、サッチも続いて歩き出す。
 ただし、行き先はマルコがいるだろうと目星をつけている場所だ。

(一日隊長ねぇ)

 隊長になって、エースが何をしたかったのか。
 なんとなく察しが付いたサッチは、マルコに焼かれるのも怖れずにからかいの言葉を頭に巡らした。そういえばエースは、まだマルコの能力の全容までは知らないらしい。
 次は能力アリで全力戦闘だなどと言い出したら、今度こそオヤジにも介入してもらわなければいけない。からかいテクには、引き際が肝心だ。

 
 
2010/04/10




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