月を抱く 3




 どちらかというと押し倒す方が好きなんだが。
 マルコは胸の中で呟き、その胸の上で動物と化したエースの汚れた旋毛が蠢いているのを眺める。性急さには変わりは無いがそれでも愛撫は思ったよりも的確で、下着ごとサブリナを脱がされた時にはマルコの性器はたちあがってはいないまでも興奮の兆しが芯に通っていた。
 今更恥らうような歳でもないが、少々悔しいのは確かだ。

「エース、お前も脱げよい」
「ぁ、うん」

 そこに直接触れられる前に声をかけると、はっとしたようにエースの手が自分のベルトに掛かった。騒々しい金属音の後にその下から現れたのは完全に臨戦態勢の張り詰めたもので、マルコはつい唇に力を入れてしまう。

「笑うな」
「笑ってねぇよい。羨ましいくらい若いなァと思っただけだい…こら、腰引くなよい」

 腹筋で軽々と起き上がったマルコが張り詰めたエースの性器を大雑把に握りこむ。僅かな汗の感触は直ぐに乾いてサラサラと滑らかな手触りになり、掴み心地を確かめるようにマルコの乾いた手が上下すると素直に反応して先端に透明な先走りを滲ませ始めた。これくらい普段のエースも素直になればいいのにとマルコは思う。
 再び汗が滲み始めたエースの耳元にかぷりと軽く歯を立てると、小さく息を吸い込む音がした。

「…っ、だから焦んなって言ってんだろい」
「無理。触りたい……駄目か?マルコ」

 反撃するようにマルコの尻肉が両側から鷲掴まれ、その中央に僅かに指先が触れた感触に最初にエースを叱ったマルコの方が腰を引いてしまう。そのまま「待て」の待機姿勢で静止するエースに見つめられ、心から困惑したようにマルコが溜息をついた。
 このタイミングで名前を呼んでおねだりとは、計算でなければものすごい天然の男殺しだ。

「駄目とは言ってねぇよい。ただお前、このままだと汚れるだろうが」
「あっ…ごめん、おれ酷い格好なの忘れ」
「違うっての」

 エースの謝罪が明後日の方向なのに、本当に挿入経験もなければ噂話としての知識も半端なのだろうとマルコは確信した。確かにエースは数日海水以外の水を浴びてなければ煤と埃と船の残骸である木屑にまみれていて激しく汚れているが、問題はそこではない。
 机の下に押し込んであるアクセサリーをいれた小物入れを指し、エースにそれをとれと促す。シーツの上にあけられた中身に、当分前に上陸した島で使用した残りを入れていたのを思い出したのだ。

「こっから毎日ナニ出してんのか考えろい。洗浄も準備もしてねぇ所を素手で触るのは疫病防止の観点からもお勧めしねぇよい。……あー、油薬しかねぇな…」

 ぽいっとエースに投げて寄越されたのは見間違えるべくもない避妊具だ。生々しさに言葉少なになっているエースに、マルコは口の端だけで笑って見せた。

「やめたくなったかい?」

 咄嗟に首を振り、避妊具の封を切ろうとしたエースの手をマルコは笑いながら押さえた。避妊具は残り二つしかなく、滑りを与えるものは油薬しかない。当然ゴムである避妊具との相性はすこぶる悪い。

「エース」

 惜しげもなく脚を開いたマルコが示す指先に、エースの鼓動が一段と跳ねた。

「ここに、お前のをかけろい。油薬を使わないわけにもいかねぇから、多少は誤魔化せるだうよい」

 脚の間にエースの腰を抱き寄せ、興奮のままに自分で扱き上げるように動かすエースの手に自分の手を重ねる。エースがマルコの性器も一緒に掴もうとしたのは遮った。

「マルコは、いかねぇの…?」
「何度もいくのはもうしんどいよい。それに、突っ込まれていくほうが気持ちいいんだい」
「……経験、あるんだ」
「そりゃぁな、けどまぁ若い時の話だ。だからおれもちょっと緊張してる。無茶はしてくれんなよい」

 何か言いたげだったエースの表情が、追い上げる手の動きにきつく目を閉じて切羽詰ったものに変わる。マルコの耳元で吐かれた荒い息が一瞬止められ、直後に熱いものがマルコの腹から性器、そして尻の隙間にトロリと滴ってゆく。
 こぼれる、とエースの精液を揃えた指先で掬い取ったマルコの仕草に、弾かれたようにエースが避妊具の封を切って言われた通りに指に嵌め込んだ。
 衝動を抑えるようにしながらそっと埋め込まれた一本目に、マルコはエースの腕を掴みながら細く息を吐いた。

「痛く、ねぇ?」
「大丈夫だ。中より入り口で、動かせ。お前の方が大変そうに見えるよい」
「――――…」

 実際、一度出したばかりのエースの性器は既に半ば立ち上がっていて、久々の行為のせいかマルコの性器は萎えたままだ。

「おれがしていいって言ったんだい。気にするんじゃねぇよい。ちゃんと入れられたら…そっから気持ちよくしてくれりゃいい」

 片手がエースの首にまわり、マルコに抱き寄せられるままにエースは時折不器用というよりも余裕のないキスを落としながら繋がる場所を解す事に集中した。
 二本目が入り、ようやくマルコの顔に僅かに朱が射しはじめたのを見計らって三本目が入れられた。だがエースの出した精液も乾いてしまい、入り口が軋むように感じたマルコがそれを制止した。

「もういい。それ、全部使い切るくらい塗れよい。そっちのゴムも、ちゃんとしろ」
「本当に大丈夫なのか?」
「今やらねぇと大丈夫じゃなくなっちまう。早く」

 性急に引き抜かれた指の感触に息を詰めたマルコにエースがまた謝り、そして苦笑いで急かされた油薬をたっぷりと溶かすようにして今解したばかりの場所に塗りこんだ。
 内部にも押し込むように指を進めると、ぬめりが増したせいかマルコの性器がようやく反応を始め、思わず凝視してしまったエースの額が指先で弾かれた。

「痛っ」
「とっとと入れろよい。タイムリミット付だからな、なるべく早くいけよい?」

 文句を言おうとしたエースの口は、マルコの余裕のセリフと合わない汗ばんだ表情に閉じられ、自分の性器に手早く避妊具を被せたエースがマルコの脚を抱え込んだ。

「後ろからのほうが、いいのかな。そのほうが楽だってのは…」
「好きにしろい。そんなところだけは知ってんのかよい」

 ピタリと熱を押し付けられたまま聞かれ、真上にあるエースの両頬を挟むようにして「このままでいいよい」と笑いかけた。
 ぐっと押し込まれてくる質量に、マルコは息を吐きながら慌てて下ろした手でシーツを掴み直した。

「…っ、う、」
「マルコ」
「――――は、あ」

 その手を掴まれ、エースが自分の背に回すように促した。なにを生意気なと頭の片隅でチラリと思ったが、内蔵を圧迫される苦しみにその汚れたシャツの背中をマルコは思わず握り締めていた。
 
「は……すげ、気持ちいい……」
「そりゃ、よかった……もうちょっと、我慢して動くなよい…。流石にきつい」

 静止したまま、お互い息だけが荒い。二人の腹に挟まれたマルコの性器に手をかけたエースが、ゆるゆると刺激を始める。それなりの経験はあると言っていたエースの手はマルコの括れから笠の部分をリング状にした指で刺激し、手のひらで全体を包むように擦りあげた。じわじわと繋がった部分から熱が拡がり、ようやく直結した快感にどんどんとそこは質量を増していった。

「やっと、濡れた。マルコの」
「…も、動けよい」

 心から嬉しそうに呟かれ、マルコはエースの掴んだシャツを引っ張った。

「あっ、おま、…そのまま揺するんじゃ、」
「だってきついから、けど」

 エースが根元まで繋がったまま揺すったのは意図的ではなかったらしい。だが、それはマルコが一番弱いやり方だった。それは掴まれた性器が硬度を増したことで嘘は最早吐けず、内部をほぐすようにゆっくりと前後に出し入れしたかと思えば、突然奥まで突きこまれて揺すられた。

「あっ、ぅ…エース!ゴムが溶ける…はやく、いけって、の」
「は………もったいね…くそ」

 長いストロークに動きを変えたエースが腰骨をぶつける様に攻め始め、余裕を手放したマルコが抑え切れなかった声を上げた。
 腰を掴み寄せて最奥に放ったエースに遅れて、マルコもエースの手の中に濃い精液を放った。内部からの快楽で迎えた絶頂は粘つくようにマルコの体中に貼り付き、しばしの痙攣が続いてエースを焦らせた。

「うあ…やっぱ破れてた。ごめん」

 引き抜かれたエースの楔は白く濡れ、赤くなったマルコの孔の縁を卑猥に彩っていた。思わず指先でそれを触ってしまい、ビクリと体を揺らしたマルコがエースの頭を叩いた。

「痛っ、今結構本気だったろ!」
「触るなっつったろい!…ああ、もう」

 とっととそれを片付けろ、と薄い手拭を投げつけられたエースが油分によって溶けて破れてしまった避妊具と精液ごと拭って塵箱に投げ入れる間にマルコは身支度を終えてしまっていた。

「えと、中、平気?」
「聞くな。…漏れたのは入り口だったみてぇだから平気だい」

 換気口を開け、サッシュの隙間から零れた煙草を拾ったマルコが部屋から出るのに元から身につける衣服の少ないエースが慌てて追った。
 痛がってはなかったが、マルコの歩き方はどことなく違和感があり、エースは言いようもない妙な感覚を覚えた。


 エースがマルコの部屋に行くまでに潜んでいた後甲板の消火樽の山に、マルコは軽々と飛び上がった。風でシャツが靡き、サッシュの巻かれていない腰と背中が先刻までは出ていなかった月に照らされてエースの気持ちを落ち着かなくさせた。
 今度こそマルコとエースを視認出来た見張りにマルコが手信号で同じ合図を送り、足先だけを炎にして飛び上がりマルコの隣に座ったエースに煙草を差し出した。

「マルコも火だったんじゃないか」
「まぁな。けどお前が点けろよい。いい思いさせてやったろい」
「っ……」

 同じようで、違う。見張りも気がついているかもしれない。
 樽一つ分どころか、内臓まで距離が縮んだエースが大人しく膝をかかえ、指先で紙巻の先端に火を点けた。
 青白い月の光にの中に、赤い焔が一つ。
 細い白煙に晒されながら、エースが海へ向って両手を差し出した。何を、と思ったマルコだが、エースの見ている方向に合点が行く。
 少し欠けた月を、手の中に収めているのだ。子供のような仕草に、マルコが笑う事はない。

「エースよ」
「ん、なに」

 自分が無意識にやっていた仕草に気がついたのか、慌てて膝に手を置いたエースがマルコに振り向く。
 
「今日の朝飯は、豪勢らしいよい」
「……だから何」
「誰かの歓迎会らしいからな。夜まで宴会だそうだよい」
「…………………へぇ」

 そのまま黙り込んだエースの横でマルコはゆっくりと煙草を吸い終わり、残る吸い口を青い炎で炭化させて海へ霧散させた。
 立ち上がったマルコを、エースは今度は追わない。
 おやすみ、エース。
 潮風と埃にもつれたエースの髪を躊躇いなくかき混ぜ、そのまま甲板へ飛び降りた。
 膝を抱えたままのエースは、振り向かない。振り返ったのは、マルコだ。

「おやすみ」

 もう一度、その背中に声を掛ける。動かないその姿は、月光に晒されて青白く光っていた。

 マルコのような幻ではなく。
 まるで、限りなく高温の、炎のように。


2010/04/03



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