白ひげ荘201号室 3


「本日はお招き頂きましてありがとうございます。ルフィの兄の、ポートガス・D・エースです」

 肉戦争を繰り広げていたエースが座布団を降り、きっちりと正座をして頭を下げるのにつられてマルコも頭を下げたが、内心は冷や汗で脱水症状になりそうな程に焦っていた。なんで一体、どこで繋がってこうなった。
 傷顔の大男はルフィの隣にどかりと腰を下ろし「クロコダイルだ。気にせず食え。腹がふくれねぇとマトモに話も出来ねぇ」と隣を顎でしゃくり、口いっぱいに肉を詰め込んだルフィがもがもごと意味不明の言語を発した。
 礼儀は知っても遠慮を知らぬエースは「じゃ、お言葉に甘えて!」と鉄板の上に隙間が無いほどに肉をぶちまけ、換気システムをものともしない勢いの煙を上げさせた。
 食い放題の焼き肉屋ではお目にかかれぬほど上等な、脂のしたたるホルモンを箸で摘んだまま固まっているマルコに、クロコダイルは金色の目を向け、咥えっぱなしだった葉巻を灰皿へ落とした。焼き肉を目の前にしての葉巻は、さぞかし不味いのだろう。

「マルコ、とは聞いてたが、まさかお前だったとはな」
「はぁ……」

 エースが口の周りをテカテカに光らせながら「そうだ、知り合いなの?」と聞いてきたので、マルコは行き先不明だったホルモンをエースの皿に落としながら「……次の就職先の、社長だよい」と小声で言うなりエースはテーブルにがばりと手を付き、クロコダイルの顔を凝視した。
「そりゃ失礼しました! 弟共々お世話になってます! マルコ、性格悪ぃけど仕事出来る男なんで、今後ともよろしくお願いします!」
 テーブルに額をくっつけたエースのつむじを見て、クロコダイルは堪え切れぬように笑い出す。
「クハハハ! 知ってる、だから雇うんだ。確か来月からだったな。しっかり働いてもらうさ」
 マルコの勤務していた企業グループの会長、エドワード・ニューゲートの死去に伴い、ゆるやかな事業縮小を経て会長の主立った補佐役だったマルコ達は方々に散った。別企業を立ち上げる者もあったが、マルコは「白ひげ」の築いた会社から離れるつもりは無く、元々組織でトップを張るよりもアドバイザーやトップの補佐が自分には向いている己を知っているマルコは、クロコダイルの会社を選んだのだ。元々はライバルであり、友人でもあるが、立場の違いという線引きを大事にしたいマルコは一度クロコダイルの部下という立場になれば、それを崩す気は無いのだ。
「……おれも、エースの弟の友達が社長って事に驚いてますよい」
「色々あってな。マルコ、敬語は来月からにしろ」
「はぁ」
 色々あって、高校生と大企業の社長が友達になるとは一体どんな偶然だか。やけくそになってきたマルコは鉄網の端っこに食べられなかったホルモンを広げ、ちびちびと酒を飲んだ。兄弟の勢いは止まることが無いが、クロコダイルは何も箸をつけない。
「んごっ、う。ワニ、食べねぇのか? うめぇぞ肉」
「いい。てめぇが好きなだけ食え」
 口の中身をこぼしながら気遣うルフィに、そんなスキルも持ちあわせていたのかと新鮮な気分になりつつマルコはテールの雑炊を二つ頼む。ルフィのおかげで一つ思い出した。こんな土砂降りの日のクロコダイルは、いつでも調子が悪そうだったのだ。
 マルコの注文の意図に気が付いたクロコダイルは、僅かに眉間の皺を深めたが、それだけだ。
 何かが違う。
 マルコがようやく気づき始めたその時、バケツ一杯、いや十杯の肉を平らげたエースとルフィが満腹の声をユニゾンさせて仰向けに転がった。同時に響き始める鼾に、マルコは頭を抱えそうになる。
「ったく、この兄弟は」
「いつもの事だろう」
 肌身離さぬルフィの麦わら帽子を、クロコダイルは丁寧に取り上げて成長途中の少年の胸の上に置いた、その仕草。――ああ、やっぱり、なんだか、わかってしまった。
「――マルコ、ルフィが言ってたんだが」
 こびり付いてとれなくなる前に肉の脂とタレを、エースの顔ごとおしぼりで拭っていたマルコは、来たかと身構えた。
「兄貴も呼んでいいかと聞くから好きにしろと言ったら、『マルコもいいか』と言ったんだ。どのマルコだって聞きゃぁ『エースのコイビト』だと」
 沈黙は、あからさまな肯定を含んでいた。運ばれてきた締めの雑炊に匙を入れながら、クロコダイルはいつもの彼を知る人間が思わず心配するほどの穏やかな表情だった。
「今日は頭痛もしねぇし、調子がいい。……美味いな」
 確かに美味い雑炊をずるずると食べながら、マルコは同意だと頷き、その裏側で激しく動揺していた。
 エースとの関係はもうこの際仕方がない。クロコダイルはこの強面で、能力さえあればオカマだろうが変態だろうが許容する懐の広い男だ。その辺りは心配していない。だが。
 
 ――プラトニックなんだろうか、それともどっちが上で……いや、もう考えるのは止めよう。

 マルコの再就職は、波乱の予感に満ち溢れていた。



2012/06/06

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -