月を抱く 2




 ハッチを開けて体を滑り込ませるように降りたそこは通常サイズの人間が二人並んで歩ける程の細い通路があり、左右に一つずつ、奥に一つ部屋がある。明り取りの小窓と通気口を塞げば大時化の際に特に危険になる能力者のための緊急避難場所にもなる部分で、一番奥がマルコの私室扱いだ。

「おれ達が海に落ちたら手間も倍だからよい。滅多な事じゃ手伝う方が怒られる。大部屋かここに避難するのを覚えときな」

 既に何度も海に落ちて……むしろ吹き飛ばされて転落した回数も甚だしいエースがふうん、と気の無い返事をする。マルコに促されて扉の中に入れば、すぐにベッドに足をぶつけた。

「気ぃつけろい。狭いからな」
「早く言ってくれよ」

 定位置にあるランプを捻ったマルコがそのベッドに座れと顎で指すのにエースは大人しく従った。
 扉を開ければ二歩でベッド。組み立て式の小さな机と椅子、僅かな本と日誌、クローゼットの代りにもならない着替えを入れた木箱と装飾品を突っ込んだ小物入れ。天下の白ひげ海賊団の一番隊隊長の部屋とは思えない質素さだが、眠る時以外はほぼ船上を動き回ってるおれには丁度いい、とマルコは思っている。

「先に約束を果たすか、それとも抜くのを待とうかい?」
「――――!!……あ…」

 エースの体が緊張で強張っているのは気がついていた。マルコも本気でここでエースが自慰をするなど思っていない。ただ周りの目を気にせずこの少年が話せる環境を作りたかったのだ。
 膝の上で握り拳を作ったり開いたりを忙しなく繰り返していたエースが、ようやく搾り出すように「すまなかった」と声を発した。

「それは何に対しての謝罪かよい」

 オヤジへの百度以上に渡る襲撃、暴言。エースでなければ、オヤジが認めた弟候補でなければそれは許されない所か既に海の藻屑となっていてもおかしくない事柄だが、それを責めたクルーなど一人も居ないはずだった。

「……昼間、余計な手を出した。あの位置ならあんたが余裕で助けられたし、おれがでしゃばってなけりゃ戦火も拡大しなかった」

 何を言い出すのだ、とマルコは特徴的な曲線の眉を顰めた。たしかにエースの言う事は間違いではないし、事実認識も正しい。だが。

「何を真剣に言い出すかと思えばそんなことかよい」

 伏せられていたエースの顔ががばりと上がり、初めてマルコと真正面から目が合う。切羽詰ったようなエースと対照的にマルコの口元には緩やかに笑みすら浮かんでいた。
 たしかにエースが狙われた事で戦闘範囲が拡大した事は事実だ。けれどもそれに即座に対応できないほどこの船のクルーたちは無能ではない。いや、それとは対極の現状「世界一」と称される海賊団なのだ。

「皆お前が助けてくれた事が嬉しかったんだ。何を謝る?お前も今日は大人しく飯を食ってたろい。悪いとは思ってなかったんじゃねぇのかよい」

 指摘に頬に朱が走ったエースがランプの灯りに晒された。エースの心の中は、様々な思いが渦を巻いて大時化になっている事だろう。導いてやるのは家族の役目だ。オヤジの言葉はそのままマルコの思いでもあった。エースに最初に与えたスープの一杯も、マルコが散々言いくるめて飲ませたのだ。
 ポポッ…とランプとは異なる光が部屋に満ち、戸惑うエースの元にゆっくりと漂って行く。
 エースの隣に腰掛けたマルコのその指先に点された青い光が腕全体を包むように燃え上がり、ゆっくりとエースの頬へと寄せられた。エースが炎を怖れる事は無く、ただ不思議そうにその青い炎を見つめている。

「熱くない……おれが、火だから?」
「今は幻の炎だからだよい。本物の火にもなるが、船内じゃァあまり使う事はねェな」
「幻………」

 触れられたのを嫌がるでもなく、逆に青い炎を纏ったマルコの腕にエースの手がそっと添えられた。赤い炎が混じってもマルコの腕は焼ける事は無く、ただ冷たい青を宿し続けている。

「こら、お前は使うな。船室は気密性が高いのを知らないわけじゃねぇだろうよい」
「あっ、ごめん」

 ぱっと手を離したエースは、ようやく少年らしい素の顔に戻っているた。緊張を解せたのを嬉しく思うマルコが頬に置いたままだった手でくしゃりとエースの黒髪をひと撫ですると、肩の力までが抜けた感覚があった。

「昼間、おれが手を出す前にあんたが青く光ったのを見たんだ。気のせいだと思ってたけど……」

 赤い炎はマルコの肌を傷つける事は無かった。けれども妙に胸の奥が苦しいような、酸素が減ったような息苦しさをマルコは感じていた。それは決して不快なものではなく、とても慣れ親しんだ純粋な欲望だと今更ながら気が付く。
 もぞりと急に落ち着きを無くした様なエースに触れたままだった手を、ゆっくりと耳の後ろまで滑らせた。
 エースの呼吸が早い。
 マルコの腕を纏っていた青い炎がゆっくりと消えて行くのを何処か名残惜しげに見つめ、エースはそっと目線をマルコの瞳に戻した。

「何の能力?」
「そのうち嫌でも見るだろうよい」
「今見せてくれないのか」

 この体勢で頼み事とは太ェ奴だよい、とランプの灯に照らされたマルコの元から細い瞳が楽しそうに緩んだ。たしかに光を見せるとは言ったが、能力を教えろとは言われてない。
 マルコの背は自分が寝るだけで一杯なベッドに押し付けられていた。肩に手を置いたエースの力に従ったマルコは抵抗しない。その様子にあからさまにホッとした様子のエースがゆっくりとマルコの首筋に顔を寄せる。警戒も抵抗もされないのを良い事に、エースは思い切ってそこに鼻を埋める。分かり易い欲望の表現に、マルコはそっとエースの背に手を置いた。

「あんた、なんかすげぇいい匂いがする」
「マルコだっつってんだろい」

 どんな口説き文句だと苦笑しつつ、昂ぶりを隠せなくなっているエースの股間にマルコが膝を押し付ける。若いエースの欲望は、可愛らしいほどに素直に硬度を増した。

「新入りが一番隊隊長を押し倒すとはいい度胸だよい」

 背筋に震えが走るのを隠したつもりなのか、「まだ決めてねぇ」とぼそりとエースが呟く。可愛くない事を言う弟に、マルコは大袈裟に溜息をついて見せた。
 身構えたエースの背をがっちりと捉え、潮と汗と埃にまみれたその耳元にそっと低く囁く。

「エース、おれはお前が気に入ってんだ。わがままばかり言ってねェでとっととおれたちの家族になれよい」

 小さくエースが息を呑む音がしたかと思うと、性急にマルコの腕を逃れたエースがマルコの胸から腹を探るように撫で下ろし、サッシュを解き始めた。まさかおれが下か、と予想していなかったマルコが初めて慌ててエースの腕を掴んだ。

「エース、慌てんな。お前、男でいいのか……というか、経験はあるのかよい」

 慌てて予想していた事を聞いてしまったのはマルコの動揺の現れだったが、エースは余裕無く「少し」と呟いた。戦闘中、息を上げることも少ないだろうエースの早い呼吸音に多少の優越感を感じつつ、マルコは先行きの不安を感じずにはいられない。

「少し、ってのァどの少しだい。入れられたとかは?」
「無い。仲間とふざけて擦りあいとか……だけ」
「女とは?」
「あるに決まってる」

 馬鹿にすんな、と少年の顔になったエースが拗ねたように眉をしかめた。
 やばい。なんて顔するんだよい。
 年甲斐も無く自分の心臓が跳ねたのに、そのおかげでマルコは逆に冷静になれた。もうなるようになれだ。この男の好きにさせてやりたい、そう思った。

「……入れたきゃ、おれの名前きちんと呼んでお願いしろよい」

 エースが焦りで絡ませたサッシュを腰からするりと引き抜き、サブリナパンツの前立てのボタンをマルコがゆっくりと一つだけ外して見せたのに、エースの息を呑む音がやけに心地よく響いた。



 マルコ。
 


 その声ごと頭を抱き寄せて、唇を塞いだ。マルコの中に抵抗感など存在せず、ただ腕の中に収まったエースの体が酷く熱くて愛しかった。






2010/03/28






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