白ひげ荘201号室 1



 春の雨、と云う言葉の音が良い。なんとなく風流な気がする。
 ――と呟きつつ、生まれてこの方風流を解したことの無い若者は、湿った畳の上にごろりと寝転がった。転がるだけでは飽きたらず、子供のように膝下をばたばたとさせてみるが、いたずらに埃が舞い上がるだけだった。

「マルコ」
「なんだよい」
「ヒマだ」
「ヒマなら掃除でもしろい」
「やだよ。掃除ってさぁ、スカっと晴れた日に布団とか全部干しながらやりたい派なんだもん」
「もんとか言うな。ゲームでもしてろ」
「飽きた。マルコは何やってんの」
「オンライン囲碁」
「ジジくっせぇ……」
「何度やってもこの『鷹の目』さんに勝てねぇのよい」

 リビング……いや、六畳一間の共同スペースは、居間と表現するにも狭すぎる。とにかくそこにマルコはノートパソコンを持ち込んで、煙草を半分灰にしながら回線の向こう側にいる相手と対戦中らしい。マルコが意外と凝り性な性質だということを、同居を始めて半年、エースはようやく知ることとなっていた。
 エースの仕事は現場が大雨強風のため、急遽休みだ。鳶や現場仕事の人間にはよくあることだが、マルコがこうやって家に居ることなんて滅多に無いことだった。
 十ヶ月前に口説きに口説き、更に押して押して引かずに押して最後は土下座する勢いで押し倒したマルコは、一月に数日休めばいい方の、労働基準法真っ青通り越して真っ黒な仕事人間だったのだ。先月までは。

「オンラインゲーにはまるとニートになるんだぜ、マルコ」
「人聞きの悪ぃ事言うんじゃねぇよい。働く意欲もある、次の仕事も決まってる。ニートじゃねぇ」
「じゃぁ無職のマルコさん、折角時間出来たんだからいちゃいちゃさせてください」
「……この勝負終わったらな」
「……えへへ」

 でれっと目尻を下げて、エースが座椅子の後ろ側からマルコの背中にぴたりと頬をつけた。雨とマルコの体温で、シャツは僅かに湿っていて、それがマルコ自身の匂いを強くしていた。

「はやく終わらないかなー」
「時間制限付けてっから、あと15分待て」
「うん、待つ」

 これ以上ちょっかいをかけたら怒られるギリギリのラインで、エースは携帯電話を引き寄せて時間を潰し始めた。
 マウスの音が数度響く間に、携帯が振動してメール受信を知らせる。

「んー……?」
「あー!」
「え?」

 メールを確認した所で、マルコが頭を抱えた。どうやらまた負けてしまったらしい。

「悔しいよい……なんで一回も勝てねぇんだ」
「相手、もしかしてプロとかじゃね?」
「……その可能性もあるよい。にしても悔しいよい」

 画面に並んでいる白と黒はエースにはさっぱりわからないが、マルコは祖父にもオヤジにも引けを取らないほど囲碁や将棋は強い。それなのに勝てない相手は、よほど毎日盤面を睨んでいる人間なのかもしれない。

「なーマルコ、弟からメール来たんだけどさぁ、解読できる?」
「は? ……わにとご飯いくからいく?」
「ヒマだから飯でも一緒に食うかって聞いたら。相変わらず宇宙語だな」
「電話しろ電話」
「そうする」

 短縮ダイヤルで携帯を耳にあてたエースが、すぐ弟のルフィと話始めた。血の繋がりが一切無いくせに兄と似通った性質のエースの弟は、自由奔放過ぎて時折全く理解できない言葉を話すのだ。おまけにメールは大体5割の確率で解読出来ない。

「は? だから鰐ってなんだ、友達? お前の食う量知って言ってんの? あぁ、ならいいけど、うん。うん。マルコもいるけど? いいの? じゃ、待ってるな」

 パチリとフリップが閉じられ、エースが「何か知らねぇけど、鰐が焼き肉奢ってくれるから迎えに来てくれるって」とやっぱりあまり分かってない顔で首を傾げた。

「なんだよいワニって」
「さぁ、あいつの交流関係も銀河系だからなぁ。鰐人間だとか、宇宙人でも驚かねぇけどとにかく肉食わせてくれるって」
「初対面で奢られるのはかなわねぇよい」
「ちょう金持ち、らしいぜ。まぁ一応財布持って行けばいいよ。ルフィの友達と一緒に晩飯、って事でいいんじゃねぇ? 19時だって」

 それまではやっぱり、空き時間だ。
 座椅子から畳へゆっくりと転がされたマルコが、まぁいいか、とエースの背中を抱き寄せた。




2012/02/16

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