冷蔵庫型宝石箱/前




だいこん れんこん へいほうこん】の続きとなります。先にそちらを読まれることをお勧めします。




 区指定の半透明のゴミ袋を片手に持ったまま、マルコは文字通り凍り付いていた。

 いざよいは日曜祝日が休みだが、昼間に勤務しているフレンチレストランは休みではなく、エースの丸一日の休みというのは申請しない限りほぼゼロに等しい。レストランの勤務を終えた後、一時間ほど仮眠をとっていざよいに行くというのだからその体力には恐れ入る。マルコならば一ヶ月も持たない自信がある。だが今はそれは別の問題だ。
 今日の夜、エースと初めて家で過ごす。実際は初めてではないが、先々週の風邪の看病はノーカウントだ。エースが今日来るというのは、意味が違う。
 マルコの体を心配して、誕生日の告白からも性的な事は何もしていない。今日は土曜で、マルコは明日は絶対休日出勤等しないと方々にアピールして半ば脅し、エースは今日のいざよいを休む。イゾウがどんな顔で許可したのかは気になったが、ここは考えずにおく。
 まずは、部屋をどうにかしないと。
 エースがキッチンの水周りだけは片づけてくれたが、流石に混沌としているリビングや寝室やバスルームは掃除しないといけない。先週からやろうやろうと思いつつ、深夜帰宅に疲れ果ててついぞ成功しなかった。
 とうとう当日の朝、無理矢理目覚ましをかけて、それでも平日より遅い八時に起きた。布団のシーツも枕カバーもひっぺがして洗濯機に放り込み、目に付くゴミを手当たり次第にゴミ袋に放り込んで掃除機をかけ、探すのに10分はかかったクイックルワイパーの換え袋を破って床を磨く。その頃には大分リズムが出てきて、シーツを乾燥機に入れ替えながらエースが一番触るだろうキッチンの調味料入れの整理を始めた。数年前は週末には掃除をして、料理こそ滅多にしなかったが生ゴミの袋が堆積する事もなかった。蓋の閉め方が甘くて注ぎ口に黴の生えたみりん風調味料の中身を捨て、閉め切ったままで少々湿気と黴臭い棚の扉を全開にして風を通す。換気扇は朝から働きっぱなしだ。
 そして冷蔵庫。エースが「どうしようもないのは捨てちゃっていい?」と遠慮がちに聞くのに顔から火が出る思いで頷いたので、腐ったものはないだろうがそれに近い物は絶対にあるはずだ。扉を開け、上段から中身を見て、賞味期限を確認する。食べかけなうえに乾きすぎて縮んだサラミや、食べられるかもしれないが怪しいチーズもゴミ袋行き。一度蓋を開けてから仕舞って忘れていたペットボトルも恐る恐る中身を流しに捨てた。そして一番下の野菜室を開いた時……それは、あった。

「なんでここにあるんだよい……」

 何故冷蔵庫に、しかも野菜室に入っていたのか全く記憶が無い。取り出したのは球体を半分に切った形の蓋がついた、おなじみのローションボトルだった。しかも半分減っている。多分腐ってはいない。だがそれは何の救いにもならなかった。
 ローションボトルの下敷きになっていたのは……コンドームの箱だ。なんでここに、エースが?いや絶対違う。けれど絶対に見られている。
 頼りにならない自分の記憶を掘り起こすのは諦めたが、これを最後に使ったのはいつかは覚えている。疲れすぎて眠れず、無性に身体が火照っていた。コンビニで買ったビールを一気飲みして、虚しい気持ちになりながらビールと一緒に買ったコンドームの箱を開けた。ローションは寝室にあったはずだが自慰の後に手を洗うか、水を飲むかしにキッチンに行ったはずだ。ペットボトルを冷蔵庫から出して……代わりに、べとついているので拭いた(多分)ローションボトルを冷蔵庫にしまった。何故野菜室で、しかもコンドームを一緒に入れたのかは記憶にない。多分疲れた上に酒を入れて自慰なんてしたものだから、フラフラしていた気もする。
 こんな年の男に尻の処女性なんて求められているとはこれっぽっちも思わないが、エースに知られただろう事実(絶対だ)はマルコを軽いパニックに陥れた。仕事中は便利なこの分厚い面の皮も、今は何の役にも立たない。
 とりあえず掃除はここで最後だ。ローションとコンドームはいつもの寝室の引き出しに戻し(ボトルが汗をかくだろうがもうどうだっていい)、凍り過ぎて元がなにかわからない冷凍庫の中身を捨て、冷蔵庫の外側を磨く。磨きながら、冷静になるどころか段々と不安になってきた。
 大体、エースは自分とどういうセックスをしたいんだろうか。そもそもアナルセックスはしないというタイプも結構な数いて、マルコが最初に行為に及んだ男もそうだった。エースが望まないならマルコも無理強いする事はしたくないが、マルコはもうそこで繋がって得る快感を知っているので出来ればエースとそうなりたかった。そこはきちんと話し合うべきだろう。
 ピカピカと光る冷蔵庫を見て、満足の汗を拭う。汗はかいていないがそこは気分だ。時計はまだ13時過ぎを指していて、余裕の時間に掃除を終えたマルコは昼食もとっていないことを思い出した。夕食はエースがフレンチレストランのメニューを詰めたものと、食材を買ってくると言っていたのでスーパーまで行くのはやめにして、コンビニでパンを買おう。そのまえにこの埃まみれの格好をどうにかしないといけない。
 スウェットを洗濯機に入れて浴室に入る前に、また試練にぶつかった。洗うべきか、洗わざるべきか。もちろん、髪ではなく尻の中だ。今更恥ずかしがるわけじゃないが、がっついている様に見えないだろうか。いや、もう既にローションを発見されている時点で駄目だろうと自分で突っ込みを入れつつ、一応礼儀として……洗った。今洗ってもあまり意味はないが、心構えは必要だ。そうなったときに、もう一度シャワーを浴びればいい。
 結局コンビニに行けたのは14時を過ぎて、野菜ジュースとつまみと、エースが冬でも食べると言っていたアイスを買った。マンションのエレベーターに乗り込むと、一瞬だけふわりと重力が無くなる。マルコの部屋がある6階で音もなく止まり、扉から出ても足下はまだふわふわとしていた。腹が減っているでも、体調が悪いわけでもない。
 部屋の鍵をジーンズのポケットから取り出すと、弾みでアイスがカサリと鳴った。
 エースが来るのが、待ち遠しくて仕方がなかった。





2011/10/10

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