夜の虹 7




 不定期に通ってくる電気が、裸電球をちかちかと忙しなく働かせている。品質の悪い鎮痛薬はすぐに効果が切れて、痛む左脚から意識を逸らすように薄汚れた窓から覗く満天の星空を見上げた。明かりのない下界から見上げる夜空にはみっしりと光が散らばって詰め込まれていて、満員の電車の中のように間隔がない。
 綺麗だ、と言葉を飾ることもなく思う。カメラを破損したのは残念だが、携帯電話を失ったのは金銭的なものや不便さ以外でマルコを焦らせる事はなかった。ひとりで旅をして、仕事をして、次はどこへ行こう、何をしようと考える。そこには、驚くほどにサッチの存在は必要なかった。サッチの側にいれば、あんなにも離れ難く、好きだと思うのに。
 エースの好きと、マルコの好きには随分と隔たりがある気がする。エースがこんな電気も水も不足している高山の中腹に一人で居るとするならば、不安に押し潰されそうになって、頭の中はサッチのことでいっぱいになるのではないかと想像してみた。負けん気が強く、強情で意地っ張りなエースだが、心根は誰よりも優しくて寂しがりなことを、エースが幼い頃から見てきたマルコもよく知っている。

「サッチ」

 名前を、音にしてみる。鼻に滲みるパーマ液の強い臭い、愛用しているヘアワックスとスプレー、シャンプーと、ドライヤーから吹き出す独特の甘いような、焦げたような匂いを思い出す。あのむさ苦しい胸に抱かれると、どれほど心臓が跳ねるか、泣きたくなるか、己の腕をサッチの肩幅に広げて思い出してみた。
 ぎゅっと胸が痛くなる。目の前にサッチが浮かぶ。ああ、やっぱり好きだ。
 けれども今はサッチはいない。そしてマルコはサッチを必要としていなかった。あの国に戻らなければ、夜の街におとぎ話のお城のように浮かぶサッチの店に帰らなければ、マルコは苦しくないし、驚くほどに自由だった。
 エースに電話をしよう。
 長く苦しませてしまったし、お互いに恋心を磨耗させて、疲れていた。エースの思いを、サッチならば上手く受け止めて、深く傷つけることはしない。なんたって、サッチはとびきり優しい男だ。時折見せるいい加減で大ざっぱな部分も全て含めて、マルコはサッチを好きでいるのだ。
 じくりと脚が疼く。困ったな、とマルコは誰に向けるでもなく苦笑した。白いベッドの上でひたすらサッチに謝罪している自分が簡単に目に浮かんで、同時に泣きたくなる。
 この脚が治ったら、すぐにまた出かけよう。長年重装備を担いで歩いていたおかげで、足腰の強さには多少自信がある。暑くて道の平坦な国もいい。
 目を閉じても、星の光はしばしマルコの網膜に焼き付いて光を放っていた。

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