PLAY




 遊戯室から主廊下を繋ぐ階段の上にまで聞こえる鈍い、けれどもリズミカルに続く異音に、安定した航海に暇を持て余し、カードゲームにも喧嘩にも倦んだ船員たちが何事かと顔を出し始めた。生憎外は嵐では無いがそこそこの大雨で、甲板で日光浴をすることも仕事をする事も出来ない能力者たちもゾロゾロと騒ぎの元へと集まり、その音の原因を突き止めた。

「ペース落ちてっぞエース!バテたかぁ!?」
「この程度で!舌噛むぞサッチ!」

 267、268…と呪文のように数えているのは、サッチの後ろで砲弾避けの鉄の盾を支える4番隊の三人で、気を抜けば一気に吹き飛ばされるだろう衝撃をサッチごと支えているのだ。砲弾とはエースの蹴り、肉盾はサッチの鍛え上げられた腹である。サッチの為と云うよりは、むしろ遊戯室の壁の為に鉄の盾はサッチの背中に押しつけられ、そうする事によりエースの繰り出す蹴りの負荷は緩和されること無くほぼ全てがサッチに降り懸かる。
 軸足を変えることも無く、一定のリズムを崩さないエースが一寸の狂いもなく同じ箇所に足を打ち衝けては裸足のつま先が床を掴み、時折一度のモーションで打撃音が二度、三度と複数聞こえ、空中で軌道を変えて連打するのに見習いの若い連中や下っ端が感嘆の声を上げた。

「辛くなったらやめてやるぜ?」
「誰が!てめぇごときの蹴りで音を上げるほどヤワな鍛え方してねぇよ!」

 内心化け物じみたエースの足腰に感心しているサッチもニヤリと口の端を上げて若い弟との遊びを楽しんでいる。暇を持て余し、あまりの手持ち無沙汰に隊の補給リストも在庫確認もついでに豚小屋のような大部屋の掃除も終わらせたエースが「体がなまる」とボヤいたのにサッチが賛同し、手合わせするほどのスペースがない遊戯室で始めた「千本ノック」は、一部の勤勉に体を鍛えている船員たちを刺激し、普段戦闘のみで特別鍛えていない船員たちをも動かした。
 エースの蹴りが腹に埋まり込む度に足下にはお互いの汗が飛び散り、元より上着を着ないエースと脱いでいるサッチの胸元を滝のように濡らしていた。600を数える頃には無駄口も無くなり、二人が短く鋭く吐く息遣いが聞こえるほどだった。サッチの顎髭から、鎖骨と盛り上がった大胸筋の谷間に透明な雫が滴り、衝撃が来るたびにピシャリと跳ねた。エースも同様に、構えた肘の先からも前髪からもボタボタと汗が流れ落ちている。
 サッチよりも限界の近い後ろの三人が悲鳴に近い999を数え、エースが初めて軸足を回転させ、サッチにほぼ背を向けるように両足を床に着いた。

「1000!!」

 びゅおっ、と風を裂く音と同時に悲鳴を上げて鉄の盾と4番隊3人が吹き飛び、蹴られた姿勢のままのサッチが床と平行に1Mほど後退させられながら「終わったぁ!」と両手を掲げた。

「まだいけるけど?」
「俺の腹の皮が限界だっつーの!」
「サッチ腹柔らけぇからな」
「これは筋肉を守る脂肪なの!」

 転がる三人を起こしながら、お疲れさん、とサッチとエースが労い、やっぱりおれらの隊長はすげぇ、と見物していた男たちは尊敬の眼差しで二人を見つめた。エースが素足なのはブーツに鉄板が仕込んであったせいもあるが、素足での打撃の方が自己の負担は大きい。けれどもエースの足は赤く色づいてはいるが、ほぼダメージを受けていないように見えた。
 
「うえっ、おれすげぇ汗臭い」
「ひとっ風呂浴びるかぁ」

 自分の臭いに顔をしかめたエースに、流石に乱れたリーゼントを手櫛で直したサッチの提言に否やはなく、異様なやる気と熱気に包まれ始めた遊戯室から脱出した。搾れそうな汗を腕で拭いながら行くと、廊下の先に珍しくシャツの袖を腕まくりしたマルコを発見し、サッチよりも早くエースがマルコを呼び止めた。

「マルコも風呂?」
「…ああ、暇ついでに書庫を整理してたら黴臭くてかなわねぇよい」

 へぇ、と相槌を打つと同時に鼻を寄せようとしたエースに拳骨を落としてからマルコは「おまえらは殺したい程汗臭ぇよい」と眉間に皺を寄せ、上半身裸で汗だくの二人の間に怪訝そうに目線を往復させた。

「エースと1000本ノックやってたんだ。腹と、蹴りで。マルコももう暇になったんならやるか?最近体動かしてねぇだろ」

 サッチの示すジェスチャーに何事かを把握したマルコは、大様に首を振り、エースは声もなく頭を押さえていた姿勢から驚異の回復スピードで「痛ぇ!」と抗議の声をあげた。

「この天候の遊戯室なんざ、臭くて鼻がもげちまうよい」
「まぁなぁ。でも臭いってすぐ慣れるじゃねぇか」
「慣れても臭ぇもんは臭ぇよい。晴れて、風を通したら考える」

 黙々とトレーニングする事を嫌うマルコではないので、二人は(エースは渋々)「じゃぁそん時な」と引き下がり、マルコの後ろに続いた。悪天候のせいで日中なのに廊下は薄暗く、空気は湿っている。埃と黴の臭いに混じって、いつもならば鼻を寄せねばわからないマルコ自身の体臭が風に流れてきて、少しばかり不埒な気分になったエースがマルコのつるりとした項を物欲しそうに見るのに、サッチは口の中だけで笑い出したいのを堪えた。

「……エース」
「え?」

 パァン!と弾丸が弾けるような音とエースが廊下に転がったのはほぼ同時で、真っ赤になった臑を抱えてマルコと距離をとったエースが今度こそ涙を浮かべて叫ぶ。

「今の予測してなかったら絶対足折れてるぞ!?つーかあんた、マジで折ろうとしただろ!!」
「だから親切に予備動作してやったろい。……なんだ、てめぇも1000本ノックしてやろうかい?」
「遠慮します!」

 その場合ノックとはサンドバックと同じ意味だと言うことを、若い頃からサッチは身に染みて理解しているので、顔面の筋肉を総動員してせいぜい真面目な表情をキープして自分よりは細くて低い後ろ姿を見送った。濡れた若い肌に雄の匂いを漂わせるエースに出す助け舟を、サッチは未だに出し惜しみをしている。照れ隠しにも足が出るマルコの性質は、もうそろそろ気がついてもよさそうだというのに。
 恐ろしいほどに強靱なはずの脚を抱えて未だ悶絶するエースはそれでも「畜生、いい匂いさせてんだから仕方ねぇじゃんか…」等と呪怨のように唸っていた。


2011/07/20






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