Love Like Love




 常夜灯の照らす静まり返った夜明け前の廊下を走る足音が響いた。小さく軽いそれは幼い子供のもので、クロコダイルは即座に寝台の上に身を起こした。マルコがクロコダイルの眠る場所で「子供らしく」騒いだ事は一度も無い。焦る足音、それはイコールで危険信号だ。

「クロコダイル!」

 乱暴に開け放たれた扉から、今にもこぼれ落ちそうな涙を瞳に溜めて小さなマルコが飛び込んできた。冬島海域の気候のせいで、コートを着込んでいても鼻の頭も頬も真っ赤に染まっている。クロコダイルが目覚めている事に一瞬躊躇するも、マルコはベッドに飛びついてクロコダイルの袖を引っ張った。
 サッチが、と告げた瞬間にクロコダイルはコートを取り、マルコを右手で抱き上げてまさに滑るように小さな手の示す方向へと飛んだ。






「だから……ええと、嫌だって言ってたけど、嫌じゃなかったんだ。こいつは悪くねぇし、どっちかってぇと俺が悪い。…………わからねぇよなぁ」

 腫れ上がった頬に濡れたタオルを当てながら、サッチがいつもの陽気さも萎んだ様子でベッドに腰掛けてマルコに説明するが、マルコは「わからない」と簡潔に答えただけだった。

「はっきり言えよサッチ。おれが好きだからやってん、らろ……うー…滅茶苦茶痛ぇ……」
「うるせぇイゾウ。むしろこの程度で済んだ事に感謝しろ」

 椅子に座るマルコと向かい合い、サッチと……イゾウがそれぞれ右と左の頬を腫らしてベッドに並んで座っている。イゾウはマルコから見たらサッチよりも若い「少しだけ大人」な黒髪の男で、マルコは彼と話したことがこれまで無かった。
 二人の怪我は、クロコダイルが殴ったものだ。それも容赦なく鉤爪で。
 マルコに連れられて部屋の前まで来た彼は、舌打ちと共に元から僅かに開いていた扉を蹴り開け、二人を殴りつけた。マルコを指し、「説明しろ」と乱れ髪の下で、寝起きの悪魔のように凶悪な目つきで睨まれ、サッチは否応なく頷いた。残されたマルコは、助けようとしたサッチまでもが殴られた意味がわからずに立ち尽くしていたのだ。

 サッチの夜番が終わって眠ってしまう前に、借りていた本を返そうと、早起きのマルコはサッチの部屋へ向かった。そこからサッチの悲鳴が聞こえ、扉の隙間からは裸の男の背中が見えたのだ。マルコにとって、セックスと暴力はイコールだ。それがどれほど辛くて痛い事かを、幼い子供は、知りすぎていた。
 サッチはとても強い男なのを知っていた。マルコではサッチを助けられない。だから、クロコダイルに助けを求めたのだ。

「いいか、おれはサッチをいじめてないし、嫌な事もしてない。おれはサッチが好きだから、酷い事なんて絶対しない」

 腫れ上がった頬で、イゾウはマルコに向かって真剣に語った。マルコは信じ切れぬ様子でサッチを伺うと、サッチはタオルを外し、両手を膝についた。

「心配させてごめんなマルコ。おれたちは大人だから、たまにこういう事をするんだ。お前が思ってるような辛い事は何もねぇんだよ」
「サッチもおれの事が好きだからな」
「混ぜ返すな!」

 イゾウの後頭部を殴ったサッチも衝撃で呻き、お互いの間抜け面にふたりが吹き出した。笑いあうふたりを見て、マルコはようやく顔のこわばりを解いたようだった。

「……サッチは、本当は嫌じゃなくて、痛くないの」
「ああ」
「イゾウは、サッチをいじめてない」
「滅茶苦茶可愛がってるぞ」
「てめっ…………その通りだ、マルコ」

 何か言い募ろうとしたサッチが寸前のところでそれを飲み込み、イゾウの肩を抱いて見せる。マルコがすとんと椅子から降りて、背を向けたのに、ふたりは同時に息を吐いた。

「サッチ」
「なんだ?」

 扉を開ける直前、マルコがくるりと振り向いた。不安の浮かぶ瞳に、サッチは身を乗り出して進み、床に膝を着いて目線を合わせた。

「おれ……サッチのことが好きだから、大人になったら、サッチと痛いことするの?」
「……違うよマルコ。大人になっても、マルコがしたくなければしなくていい。それにな、本当は、セックスってのは痛いだけのものじゃねぇんだ。好きな奴とするのは、とても嬉しくて、気持ちいいんだぜ?……今はわかんねぇと思うけど、ゆっくりわかっていければいいなぁ」

 サッチの胸に抱き込まれ、マルコは小さく頷いて、そして出ていった。多分、クロコダイルの部屋に飛んで戻った事だろう。大好きな、クロコダイルの元に。

「……サッチ、殴られてイキそびれて、そんでもってお前が他の男抱きしめてるの見てすっげぇ辛い」
「……はいはい」

 大袈裟に手を広げて肩を竦め、サッチは今度こそ扉と鍵を閉めた。大好きな男の元へ、戻るために。


 

2011/06/14


以前チャット等でぼそぼそ呟いていたイゾサチ設定でございました。
イゾウは俺様イゾウ様です。サッチが22,3歳でイゾウ17歳位。

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